第一章〔2〕 /…栄真の告白
栄真は樹子の守護霊となった。
昼は樹子と共に大学について来て、夜は樹子が寝付くまで側にいて、眠ってしまってからは空中散歩を楽しんだ。
「昨日はどんな風景を見て来たの?」
樹子は朝目覚めると必ずそう聞いた。
半年が過ぎた頃、栄真は昼でも
『用事があるんだ』
と樹子の前から度々姿を消すようになった。
樹子は不思議に思ったが何も言わなかった。
それ以外では栄真に特に変わった所はなかったからだ。
ところが、実はそうではなかったのだ。
栄真が死んだ日から一年、栄真は樹子にそっと聞いた。
『樹子、まだ実家に帰る気は無いのか?』
「はい…」
栄真はちょっと苦い顔になった。
『君とご両親の事は知っているが…女性の一人暮らしは危ない。ご両親も心配なさっているし』
樹子の表情がかすかに動いた。
樹子の家はそれなりにいい家で、両親も優しかった。
ただ一つ、結婚の事を除いては。
そもそも樹子と栄真の結婚は親同士が強引に決めたものだった。
「分かってます。心配はありがたいけど、二人は私の好きなように生きなさいと言ってくれました」
『そうだったな』
栄真が死んだ後、樹子は他の男性を紹介しようとした両親と結婚はもうしたくないと長い間話し合った。
そしてやっと理解を得る事が出来た。
「それに私、一人じゃないわ。あなたがこうして一緒にいてくれるから」
樹子は微笑みながら栄真を見つめる。
だが栄真は意を決したように口を開いた。
『樹子、私には好きな人が出来た』
「え?」
『用事があると言っていたのは、実はレームナーダと会っていたんだ』
樹子は聞いた。口調が尖る。
「どう言う事ですか」
栄真は苦しそうに口を開いた。
『君が私の事をそれほどまでに想ってくれる事にはとても感謝しているし、君の事はこれからもずっと大切だ。だが、すまない…』
「そんな…」
『彼女は今ここにいる。見えるか?』
樹子はそれで、自分が栄真以外の存在を感じ取れなくなっている事に気付いた。
「見えません…レームナーダさんは何と言ってるのですか?」
『君に謝りたいそうだ。ごめんなさい。そして私達のことを分かって欲しい、と言っている』
「私には分かりません…分かりたくありません!!」
樹子は憤然と叫んだ。
「栄真さん、本当にレームナーダさんを…?」
声が震えないよう意識しながら問うと、栄真は黙って頷いた。
樹子は目を閉じ、長い間両手で動揺の走る自分の体を抱きしめていた。
長い沈黙の後、樹子は目を開き、しゃんと姿勢を正して言葉を発した。
「私、大学を卒業したらあなたやレームナーダさんと同じ機関に入るわ」
『樹子?』
「そしてあなた方がいた戦闘部隊に入るの」
『何を言う、冗談だろう!?』
栄真の言葉に、樹子は微笑みながら首を振った。
「いいえ、もう決めました」
言ってから、樹子はさっさと布団に潜り込んだ。
「私、あなたを諦めるつもりはありませんから」
彼がレームナーダさんを好きだと言うなら、私も彼女のようになればいい。
いや、出来れば彼女を越えたい。背後から栄真の溜息が聞こえた。
『君はもう少ししたら四年生だ、卒業してすぐと考えているなら時間は無い。試験は厳しい。他の道を…』
「分かっています。それについては考えがあります」
『俺は協力出来ない。危険過ぎるからな』
栄真がいた機関は国からの保護が手厚い反面、特に戦闘部隊は死亡率が高いので有名だった。
『入れなかった時はどうする?』
栄真は問うたが、樹子の耳には入らなかった
『…樹子…』
樹子は既に安らかな寝息をたてていた。
樹子は夢の中で、自分が栄真とよく行くカフェの前に立っていた。
その時、背の高い女性が現れ、樹子の肩を叩き、楽しそうに笑う。
彼女は、レームナーダさんだ…。
樹子は思い出の中にいた。
忘れられない思い出。
『まぁ、可愛い』
レームナーダが樹子の髪を軽く撫でる。
『嬉しいわ。私と同じ緑の髪』
樹子はレームナーダの顔をまじまじと見つめた。細面の美しい顔、スタイル。
『目の色も紫。一緒だわ』
樹子はレームナーダ程ではないが美しい娘だった。
『栄真にはもったいないわねっ』
レームナーダと違うのは髪の色の濃さと長さ。
樹子はショートカットで、色はレームナーダより幾分淡い。
そして目。レームナーダは切れ長だが樹子は可愛らしいぱっちりした目をしている。
栄真が、少し離れた所で微笑みながら自分達を見ている。
不意に後ろからとん、と肩を叩かれた。
『よかったじゃん、樹子』
振り返ると、高校の時からの親友である珊堂江菜が真っ直ぐで長い銀髪をなびかせながら立っていた。
『ほら、もっと栄真さんの近くに寄らないと』
いつの間にかレームナーダは消えていた。
栄真の方へ背中を押され、つまずく。