第三章〔2〕 /…任務完了
ラルイートは短く言葉を切り、すぐ続けた。
「完全に汚染の気配が消えるまで攻撃を続けろ」
指示を終えたラルイートが床を見ると、霧のような物が床を流れていた。
いよいよ空気汚染が本格的に始まったと察した。不意に首を傾げる。
(誰かを傷つけるわけじゃない、でも、また何か力を感じる……)
ラルイートを含む殺戮部隊が再び行動を開始する。
特殊ガス弾が用意され、銃には空気生物の中枢神経に作用して無力化するガス弾が入っていた。
樹子を含む小隊こと戦闘部隊が突入したが、事態は悪化を始めていた。
地下通路は空気が汚染された痕跡があちこちにあったからだ。
一部は別行動をして、地下以外から何とか近づこうとしたが、そのたびに問題が起きて断念した。
しかし樹子達は見事に非感染者救出及び空気生物殲滅と言う任務をやり遂げた。
ラルイートから報告を受けた空気生物対策機関は、医師団と共に救護部隊をサフォイへ派遣していた。
彼らは病気を治す医師をサポートすると共に空気生物から医師を護る。
手遅れだった感染者の射殺体には、二次感染を引き起こさないよう厳重に石灰を巻き、感染者に触れた人間の衣服は厳重に消毒され、燃やされる。
更に樹子ら隊員全員の血液を採取して、感染していないか調べられた。
たまに、何年も潜伏する事もある。
その際、樹子はラルイートの逞しい腕の至る所に傷があるのを見た。
(怪我?……違う、あれは手術の傷痕だわ。あんなに痛々しい……)
万が一空気生物に感染していたら、広がるのを防ぐ為に隔離して治療する必要がある。
サフォイ国が最も恐れたのは、汚染源が水脈と接触すること。
海までも被害が及ぶ、それだけは避けなければならなかった。
……人命を犠牲にしても食い止めなければならないと考えたのだろう。
樹子達がサフォイ国から引き上げた後、貧しい労働者、犯罪者達が投入され、今回の事件の犠牲者を埋める為の穴を掘らされ、その後射殺され共に埋葬された事を知った。
サフォイは明らかに知識と人員不足だった。
帰国途中、栄真は、心なしか沈んだ様子の樹子に話しかけた。
『どうした。何故、君は沈黙している?』
「命をかけた行動に出て成功したのに、不必要な犠牲を出したあの国に失望しているからです」
一方、事態を報告すべく一足先に彩翠国へ到着していた彩橋は、自分から逃げるように去ろうとする正体不明の人影を発見する。
上層部に報告するとすぐ追跡するよう指示が出た。
一度人影が乗り込んだ車に追い付いた時点で引き返し、武器を装備する。
発信機をつけられた車の正体を頭で探る。
車が向かっている先は、彩橋の推測と一致している。
彩橋は頭を一度軽く振り、自らに取り付けた通信機の連絡先を切り替えた。
「隊長、不測の事態です。既に上層部へ報告はしましたが、万が一の場合、帰国後に俺の援護をお願いします」
ラルイートは静かに目を閉じ、口を開く。
「了解。彩橋、お前の指示を聞いておこう」
隊員の通信を管理していた江菜は、彩橋からラルイートへ電波が繋がった事に気付いた。
「彩橋上官、こんなにラルイート隊長のことを信頼しているんだ……」
江菜と同じ部隊である佐地が、馬鹿にしたように口を挟む。
「どうだかな。しかしまぁ、一軍の長としては、部下の前で本心は語れないだろうしな。その二人は仲がいいみたいだ」
「普段の私達への言葉は、彩橋さ……上官の本心じゃないって言うわけ?」
「さぁな」
佐地は別の作業に取り掛かり始めた。江菜は釈然としないまま呟いた。
「本当は何を思っているの……気になるじゃない」