第二章〔8〕 /…酒呂フィアウェー
洗脳の経験は消えない傷となる。
「我が指導者バドルフイーデ様……は絶対で、与えられた任務は聖なる務めです。この考えは変わりません」
酒呂が呟いた直後、突然、妻に頬を思いきり叩かれる。
酒呂より十五若い妻(酒呂フィアウェー)は憤然とした表情で言った。
「この美しい私の顔を見て!」
ははは、と酒呂は笑いながら自分と同様、鍛えぬかれた妻を力一杯抱きしめた。
「美しさにゾクッとするよ。相変わらず君はすごい女だ、全く怖がらずに接近してきたな」
この二人が出会った頃。
彩翠国より遥か南の国であるシュペルノーに亡命中だった亜砂ヴィルギニア国の第五王女フィアウェーと、王妃である彼女の母親(第三夫人)とその護衛数人を、別任務で派遣された酒呂達が偶然保護した。
関連機関の一角で、おしとやかと思っていた少女がかけた言葉に酒呂は驚いた。
「ほう。お前、よい体格をしているな」
「王女」
「私はもはや王女ではない。フィアウェーと呼べ」
近付いて来た金髪の王女から次々と繰り出された鋭い拳。
酒呂が何と無く全て受け止めると王女は肩で息をしながら言った。
「さすがに訓練を受けているだけあってタフだな」
「は…はは…流石に中々強いですね」
この国の王族は、幼い頃に礼儀作法から武芸まで徹底的に教え込まれると聞いた。
「一目見て分かった。お前はよい男だ、気に入ったぞ」
王女は酒呂の手を勢いよく握った。
「父には母以外の妃が十八人いるが、そのほとんどがろくでなし人でなしに始まり、人殺しとかテロリストと言っても過言ではない。危険を察知した乳母のニゼットと、父の側近であるシアーブが盾になって逃がしてくれなかったら、私も権力争いの巻き添えで殺されていた」
酒呂は任務終了後しばらくの間、先輩達に少女のお守りをさせられていた。
「あぁ、テロリストはあなたもそれっぽいな」
「どこがですか!」
「見た目が美し過ぎて。母上に似たのですね。あなたは聡明で、粗野を装っていますが内面も、とても綺麗な女の子だ」
フィアウェーの顔が真っ赤になった。
「い、いい加減にしなさい!」
母娘の個室では、こんな会話があった。
「ねぇフィア、ユウマがよほど気に入っているよう」
幾分痩せてしまった母は紅茶を娘に渡した。
「お母様。彼の才能は素晴らしいと思う」
「……そう。彼の才能を生かしたいなら、あなたは彼の愛を自分で勝ち取って受けるべきだわ」
母のその言葉で彼女は身分や人種の違いなど、迷いをふっ切って彼を愛し見事に結婚した。
「佑馬、耳が聞こえるでしょう?きっちり妻として扱えと言っている」
「そうは言われましても……」
彼女との結婚で、酒呂はまわりから大いに冷やかされた。
その後、酒呂が機関長になった時点でフィアウェーの母は、私は世界平和への歴史に貢献したと言えるわね、と言っていた。
その時、激しいアラームが鳴った。
「あの音は?」
「機関からの呼び出し音だな」
モニターに近付くと、呼び出し主は酒呂の秘書である岳塚になっている。
「空気生物なんか早く絶滅させて。この家まで来たら困るし、ユウマがゆっくり出来ないから」
機関の指令部へ赴くと緊張した面持ちの岳塚がいて、電話がかかってきて7時のニュースを聞けと言われたと酒呂に言う。
その際、相手の名前を聞いたが相手は名乗らなかった。