第二章〔6〕 /…分かれ道
毎日基本的な動き一つ一つを行い、教官が厳しくチェックしていく。
そろそろ一年が経過した。
「戦闘部隊を希望しています」
樹子は面談室で、テーブルを挟んで向かい合ったラルイートを見た。
「君は、二度も彼に守られ、生かされた。婚約者として出会う前と……彼の死で」
ラルイートが樹子に向かって憂いを含んだ瞳で言うと、樹子はラルイートから目を逸らした。
「この機関には死が常につきまとう。私の所属する戦闘部隊に至っては日常的な事だ。だが、君は之波の事を思って、死の確率を上げてはならない」
ラルイートが次の言葉を発するより早く、樹子が反論した。
「それは少しおかしくありませんか?まるで先せ…教官は、いつ死んでもいいように聞こえます」
少しの沈黙の後、ラルイートが複雑そうに溜息をついて提案した。
「君が納得してくれるなら、一度現役に、君の動きを見てもらおうと思うが」
樹子が首を傾げると、ラルイートは手帳を取り出した。
「私は、戦闘部隊に所属したい者にはこの道を勧めている。審査員では無いとは言え、全員プロだからな、見る目は非常に厳しい。まず彼らの目に適わないようなら、戦闘部隊は諦めるんだ」
樹子は真剣に頷いた。
「はい」
まるで見世物みたいだ、と江菜は大袈裟に悲観した。
正面に座る彩橋を見ながら、江菜は足を組み直した。
突如、黙り込んでいた彩橋が口を開いた。
「実力を試す為だけに戦闘部隊選抜試験を受けたい、か」
江菜は頷いた。
「おかしくは無いはずです。前例が幾つもありますし」
彩橋は渋々頷き、書類に判を押した。
「私の腕を信用してないようですね?」
彩橋は目を閉じ、眉間に皺を寄せた。
「して欲しいなら成果を見せてからにしてくれ。…こんな事を言わせるな」
「してほしくもないですけど、とりあえず言うのと教えるのがあなたの仕事でしょう、彩橋教官」
気がつくと江菜は席を立ち上がっていた。
「ほう。合格する気はあるのか?」
目を開けた彩橋に向かい、江菜は思いきり頷いた。
「だったら早く練習にかかるぞ。今日はまず、今から言われた事を完璧にしてから帰れ」
言って、彩橋も立ち上がる。
「時間がかかりますよ。けど、言うからには勿論助けてくれますよね?」
「あぁ。これで上達しなかったら覚悟しろ」
彩橋はぶっきらぼうに言い放った。
選抜試験より一週間前、ラルイートに連れて行かれた場所は戦闘員の兵舎だった。
そこには既に、他の教員に連れられた見覚えのある顔が幾つかあった。
樹子がトイレから出ると、入口から少し離れた場所に並べてある椅子に栄真が腰かけていた。
「すごい。心臓、強く鳴り続けです」
栄真は頷くと、励ます様に樹子の肩に手を置いた。
『リラックスして』
樹子が頬を赤くすると、栄真は立ち上がった。
「栄真さんは、今の気持ちはどうですか?」
『楽ではないな、自分が君の代わりになった方が、勿論楽になるよ』
「ここで、我々と戦って貰う」
樹子は複数の教官とその生徒と、明らかに戦闘員と分かる男女と共にトレーニングルームのような場所に集められた。
阜山茅平と言う坊主頭で大柄なリーダーらしき中年の男を前にして、これは試験を受ける為の試験だと樹子を含めた全員が受け止めていた。
「阜山隊長?彼女はここに来るには、まだ不適切では?」
利根川教官が知的で切れ長な藍色の目を、正面にいる小柄で栗色の髪をした女生徒に合わせ、書類を持っていない右手で眼鏡のフレームを少し動かす。
樹子の位置からは彼女の後姿しか見えない。
その間ラルイートが阜山に何事か囁いた。
「彼女は、まだチームに入ったばかりでは?無謀に近いでしょう」
ラルイートが渋面を作った。
「ラルイート教官、昔の自分を見ているようだろう?」
阜山はラルイートに向かってニッと笑い、利根川教官の方に向き直る。
「利根川教官、彼女の実力は私が保証する。今回の事及び戦闘部隊選抜試験への参加は機関長の希望で、急遽私が特別推薦を行ったのだ」
利根川教官が一礼する。
「分かりました」
隊員と選抜試験希望者が向かい合って一列に並び、対戦が始まった。
対戦に使用する技は、選抜試験希望者のレベルに合わせ、演舞を中心に行われた。
「動きがキレイだろう、彼女」
樹子を示したラルイートの言葉に、利根川教官が眼鏡を外し、満足そうに微笑んだ。
「びっくりしましたわ。一年にしては、ですが。教える側が優秀ですと、こんなに上達するものなのですね」
対戦終了後、他の選抜試験希望者同様、汗だくになって椅子に腰かけていた樹子に、見学者の一人、冠明麻千隊員がすれ違いざまに声をかけてくれた。
「真剣な気持ちがこもってるのが、よかったですよ」
麻千隊員が微笑む。
「あ、ありがとう、ございます!」
樹子の上達ぶりは、栄真が一番見て来た。
才能があると分かっても、未だに彼女が戦闘部隊に入る事には否定的だったし、戦闘部隊に入らせない確率を上げる為に、わざと技に駄目だしをするべきだとも思うが、意に反して賛辞が出て来た。
『想像以上に上達してしまったな。やっぱりあれだけ努力していたんだ、戦闘員に本当になるのはともかく、合格はして欲しい』
言われて樹子は、心底嬉しそうな表情をした。
「合格するとしないのとは大違いですしね。合格して色々な意味で気持ちを固めたいんです」
私は、あなたを殺した空気生物を絶対に許さない。
樹子は嬉しそうな表情の裏に強い思いを隠した。