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派遣の猟犬  作者: 魔桜
ウォンside
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Title-05 正義の味方は銃声を響かすことができない

 間欠泉のように中空に水を突き上げる噴水を跡にすると、色々な物が集まっている広場へと無難に歩を進めた。ここだったら棒になった足を休憩させるベンチもあるし、若者が集いそうなジャンクフードの屋台や、安っぽい装飾品を売っている奴らもいるから、カートリアでどこに行くべきか迷った時には、もってこいの場所だ。

「どうしたの? クリスちゃん」

「い、いえ。なんでもありません」

 とは言いつつも、装えていない平静。何をやっているのか、目に見えるぐらいに何かを気にしているようだ。

 隠蔽しきれていない目線の動きの、反対側にはワゴン車があった。

 アイスクリーム屋と記載されている簡素な旗が、横に設置されていて、色彩豊富なアイスクリームの写真がズラリと揃っている。照りつける太陽光は、アスファルトすら熱していて、冷たいアイスクリームの美味しさを口内いっぱいに広げて堪能するのに十分な気候だ。

「……もしかして、アレ食べたいとか?」

「いえ。別に……そんな……私は」

 しどろもどろになりながら、両の指を接触させたり放したりと、クリスは何やらご多忙な様子。あれが食べたい! と単刀直入に切り出してもいいだろうに、どうやら素直にアイスをご所望するのが女子力低下に直結するらしい。

 しゃにむにアイスを頬張ってもいいだろうに、どうやらはしたないと評価されるのは断固として拒否しているのだろうが、それでも喰いたいという三大欲求の一角を押しとどめることができなかったらしい。

「行こっか」

 未だにもじもじとしているクリスを捨て置いて、アイスクリーム屋へと歩み寄る。行くのか、行かないのか。どちらにせよクリス一人は結論を導き出すには、日が暮れる時間まで待機していなければならなそうなので、ショートカットだ。

「いや、いいですって!」

「クリスちゃんが、どうしても食べたくなきゃ別にいいよ。その辺のベンチで座る場所でも確保しておいてくれない? おいしーいアイスだって、俺一人で勝手に食べちゃうから。……さて、あと一回しか聞かないけどクリスちゃんはどうする?」

「そ、それじゃあ……食べ……ます……」

 耳を傾けていなければ聴こえなかったであろう、消え入るような声。

 本気で嫌がっているわけではないらしく、クリスの口元は緩んでいる。どうにも他人に対して遠慮しがちな性格だから、固い殻をぶち壊すのは強引すぎる方がいい。

 これじゃあまるで、保護者だ。年下の女の子を真摯に憂うというよりは、過保護に甘やかしているだけのような気もする。

 ――全体的に、この男細いな。

 アイスクリーム店員の肉付きについて、見たままの感想を漏らす。シルエットだけでも誰かを特定できそうなぐらいで、ダイエットのために断食でもしているのかと疑ってしまう。人の良さそうな顔をしていて、商売人らしく買い手を信用させる大きな声で呼び込みをかける。

「いらっしゃいませー。お客さん運がいいね。ちょうど今、カップル限定のサービスをしているところでしてね。よろしければ、どうですか? 今なら格安でお売りすることも可能ですよ。あっ、もちろん他のお客さんには内緒ですよ」

 店員は目ざとく、ウォンのつけている指輪を見やっていた。ゲスの勘ぐりっぽい言い方だったが、特にいやらしさは感じられなかった。商品を売るための口から出まかせで言っていると思ったからだろうか。言葉をあまり深い意味にはとらずに、話半分に聞く。

 だが、クリスは違ったようだ。

 カップル、という単語を店員が口にした時に、か、カップル!? と、鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔をして復唱していた。クリスは余剰な動揺をしながら、

「わ、私たちは――」

「じゃあ、それでお願いします」

 間髪入れずに、そう答える。

 ええ? と困惑しながら赤らめるその顔が見たかった。

 アイスクリームを製造するための縦に長い鍋が沢山あって、何種類もの味があって、そこから無作為に専用の大きなスプーンで店員は取っていく。コーンに盛られていく極彩色のアイスはそのまま食べたりしたら、胃が凍傷しそうなぐらいの山が連なる。

 ――食べきれるかな? あれ。

 店員はウォンやクリスを透過して、彼方に何かを探す。不審げな顔をすると、

「あれ? どこかに恋人の方がいるかと思ったんですが、もしかして、お子さんだけですか?」

 カップルだと形容したのは、ウォンとクリスのセットを見てのことじゃなかったらしい。恋人同士には見えなくて、ただの付き添い程度。身長差や年齢差から逆算すれば、自明の理でしかない。

 だから、クリスがガクリと項垂れているのも、色々と誤解してしまった店員を責めるのもお門違いというものだ。

 クリスを横から抱き寄せるようにして、身体どうしを一瞬だけくっつける。仲睦まじさを店員に見せつけるようにして、嘘八百を高らかに宣言した。

「いいえ。違います。この子と俺はただのバカップルです」

「――ちょっ!」

 何言ってるんですか、と幼き少女は眼をひん剥く。

 親子のように言われることに抵抗はないと思っていたが、影ができそうなぐらい目蓋を顰めているクリスを見やって、気が変わった。クリスの戸惑ったりする顔や曇らせる表情は、独占したい。他の誰かに見せたくないし、誰かにさせたりするのを見たくもない。

「はは、すいませんね、なんか誤解しちゃって。初々しいカップルさんですから、結ばれてそんな日にちも経っていないでしょう。そういうことなら、こっちも遠慮なくサービスできるってもんです」

「是非、お願いします」

 柔和で嘘くさい笑顔で、しっかりとお応えする。

 それからあまり時間をかけずに、アイスをほいと渡された。薔薇の花を持ったままでは、食べるのも億劫なので、都合よく空いていていたベンチまで移動した。

 盛り立てのアイスはたっぷり三段で、少しでも手元が狂ってしまえば地面にベチャリだ。それでなくとも時間の概念に囚われたアイスはその身を溶かして、指先へと付着するだろう。……と危惧していたら、本当にクリスの人差し指の付け根辺りに、メルトダウンした白いものがついてしまった。

「うあっ、ちょっと……」

 速やかに指を舐める。

 小柄なクリスにはやっぱり量自体が多くて、一気に口内に放り込むことができない。コーンの縁にあるアイスを飲み込むことができたのなら、小休止をとれるだろうが。

「あのー。すいません。ちょっとよろしいですか?」

「はい?」

 クリスがポカンとした表情で見上げる。

 それもそのはずで、声を上から投げかけてきた人間の格好は警察服だったからだ。

 ――なんで、こんなところに警官が?

 ジャラリと、手錠と拳銃の収まっているホルダーが、ベルト辺りに装備していて物々しい。育ちの良さそうな雰囲気持ちながらも、険しい目つきをしている。権力を持つ人間だからだろうか、無言の圧力を感じる。よろしいですか? と自発的に聴いているが、こちらの反論など意に介さないつもりのようだ。

「そんなに構えなくていいですよ。実は、この近くで事件が起きまして。だからみなさんに少しだけお時間をいただいているんです」

「はあ……」

 クリスの首を前後させる行為を、話を促す了承の意だと受け取った警察官は、指を指してそっぽを向く。それに釣られてクリスも反射的に同じ行動をトレースしていると、警察官はこちらの聴こうとする心の準備も待たず無遠慮に言葉を付け足す。

「あのですね。実はここから少し離れたところから――」

 バッ、と警察官が不意に、クリスに向かって手を伸ばす。全く気がついていなかったクリスを庇うようにしてウォンが、間に入って盾になる。

 バチバチッ、と電磁ロッドが高圧電流を流す。

 急襲の右腕を横から咄嗟に掴み取り、クリスとウォン共に無傷だ。ちっ、とおよそ正義の味方とは思えない悪態じみた舌打ちをすると、拳銃のホルダーへ逆の手で取り出そうとする。それより先に、ウォンは警察官の手首を捻ると、因果応報に電磁ロッドを警察官の腹部に押し付ける。

「んがっ!」

 気持ち悪い彷徨を上げると、口を開けながら警察官は気絶する。

 改造して、しかも出力を最大に上げている。拳銃は威嚇射撃なしで発砲しそうだった。中身をバラすと、やはり実弾が装填されていた。どうやら、ただの警官ではないらしい。仮にこちらが犯罪者だとしても、抵抗をしていない人間に対して銃弾を撃ち込むことはできない。

「これ、どうなってるんですか?」

「分からない。もしかしたら先週暇つぶしにヤクザの事務所を潰そうとして、警察のパトカーを破壊したのが俺だとバレたせいかもしれない」

「ええっ?」

 一応、拳銃は拝借しておこう。

 何より問題なのは、電磁ロッドの餌食として最初に抜擢されたのがウォンではなく、クリスであったということだ。方々で恨みを買っているウォンを付け狙うのなら理解が早いが、クリスを標的にする動機が見当たらない。あったとしても、メリットがない。

 もしくは、ウォンがクリスのことを庇うことを、最初から計算に入れていたとか。

 どっちにしても、相手の狙いがわからないまま、二手に別れるのは危険極まりない。一緒くたに行動を共にする他ないだろう。

「いたぞ! 捕まえろ!」

 警察服を着込んだ人間達が、ウォン達の元へ集ろうとしていた。

 ウォンはあまりの状況の推移についていけずにいたアイスクリーム屋の店員を、ワゴン車から首根っこ捕まえて片手で放り投げる。

「わっ! なにを!」

 ポン、と財布に入っていた札束を、店員の胸元へと投擲する。

「この車三台買えるぐらいの金はある。悪いが、この車借りてく。無事に戻ってくる保証はないから」

 ドアを締めると、なんとかついてきてこれているクリスにシートベルトをしっかり占めることを厳命する。アクセルを全力で踏みしめ、ギアを最大限に設定する。火山の噴火のようなエンジン音と共に、ロケットのごとく発車した。

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