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派遣の猟犬  作者: 魔桜
ウォンside
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Title-04 ウサギに薔薇の花は似合わない

 のっぽな時計台の下。

 雰囲気のある木製ベンチと、ちょっとした植物が植えられたりとか、噴水があって目の保養になる。全てが人工的に製造されたものとはいえ、コンクリートジャングルの中に、ほっと一息つけるようなオアシスがあるようだ。

 駅のホーム前で、バス停も多く設置されていて、大勢の人間が氾濫している。カジノと家の往復ばかりの生活を送っていたせいで、人間がこんなにもいることをすっかりと忘我していた。大洪水のような人の流れの中、小石のように小さなクリスを見つけるのは難儀だ。

 もっと分かりやすいようにエル・ドラドで集合しようという案がクリスの口から出たが、ウォンはあっさりと却下した。職場仲間が会社でデート待ち合わせ場所としてはあまりに味気ない。見知った人間に目撃されないように、エル・ドラドからは少し離れた場所。

 他人から、下手に注目を集めるのは好む展開ではない。

 狭いカジノ内では社員たちの憶測が飛び交い、噂は尾ひれはヒレを付属して瞬く間に増長するだろう。派遣社員とか、あまりにも幼い少女だとか、そういった異物には、社会の風あたりが強い。これ以上強風もとい突風になってしまったら、仕事に影響が出てしまう。だからこれは最大限希望的観測ができるのならば、秘密の逢い引きみたいなものだ。

 だから、イメチェン的な普段の服装の変更というよりは、別人に変装してしまった。

 いつもは何も手をつけずに放置している髪は固め、オールバッグにして額を晒す。シャツを覆っているジャケットは肘の辺りで捲る。シュッと、足がほっそりと見えるようにダボついていない長ズボン。

 あまり見た目には気を遣わないウォンだったが、少し気合を入れすぎてしまった感がある。いや、あくまでこれは予防処置に過ぎない。昨日まではカビ臭く、埃かぶっていた服をここまでまともに復元したのも大した理由が起因ではない。

 ――それにしても、困ったなあ……。

 セミが脱皮した並みの見た目の変容については置いとくとして、ウォンの手に添えられている一本の薔薇の花の問題がある。購入するつもりは毛頭なかったのだが、通りかかった花屋の前のウインドウで身だしなみのチェックをしていたら、目の前に綺麗な真紅の薔薇が飾ってあったので、気がついたらついつい手にしてしまっていた。自分としても似合わないことをしたと自覚はあるのだが、一本だけなら嵩張らないし、贈り物としてそんなに粗悪というわけではないだろう。

「ウォンさーん! す、すいません。遅れ……ました! 待ちましたか?」

 遅刻したわけじゃない少女は、焦ったような叫ぶ声を背中越しに投げかけてくる。時計台の針は、待ち合わせ時間をまだ指し示してはいない。何があろうとも、女性よりも早く来て待っているべきだと、ある人間に口を酸っぱく言われたから、つい早めに外に出ていた。

 毎日欠かさず身につけている指輪に懐古を感じながら、優しくそっと撫でると、

「ううん、全然。今き……! た……とこ……ろ?」

 思いもかけず、絶句。

 言葉という概念を一瞬でも喪失してしまったのは、駆け寄ってきたクリスが、絶望的にセンスがない格好だったからだ。

 下のスカートだとかインナーだとかについては触れることはない。ただただ圧倒的な存在感を誇っていたのは、ウサ耳のようなフードだった。前側に垂れている二本の立派な耳は、走るたびに顔のあたりに激突していて、あぶっ! とかクリスは痛そうにしていて明らかに動きづらそうだった。外着というよりかは、寝間着の類なのではないだろうか。

 平日だからこそ、まだ朝方にも関わらず怒涛の通勤ラッシュ。

 不定期に休暇を貰うエル・ドラドと違って世間的には会社努めの人間だって多い。

 何かしらの仕事現場の制服の人間が大半を占めている。

 そんな中での私服二人組。その内の一人は、まさかのウサギファッション。10歳だからという前提を持ってしまえば……いや、やはりこれは苦しい言い訳に過ぎない。一緒に歩きたくない。全力で他人のフリをしたい。

 同類項と思われているのか、ジロジロと衆目を収束しているのはクリスだけではない。どうにもこうにもないので、さっさと挨拶じみた会話を終わらせて、人目のつかないところにクリスを連れ込みたい。

「はい、これ。気に入ってくれたら嬉しいんだけど」

「えっ、いいんですか? でも、花……ですか」

 微妙な顔をされる。やっぱり、まだクリスに花を送るのは早すぎただろうか。もう少し年を取ると一周回って嬉しくなるものだが。

「いらない? だったら……」

 せっかく購入したのに残念だ。薔薇なんて、男一人暮らしの家に持って帰っても花瓶はないし、どうせゴミ箱に直行される運命。ならば、玄関先に飾ってくれそうな人間にプレゼントした方が、薔薇だって本懐だろう。

 両手でしっかりと受け取ろうとしていたクリスからひったくるようにして、薔薇をたまたま傍にいた女の子に手渡してみる。失礼ながら、見た目から判断してウォンよりは年下っぽくて、クリスよりは年上っぽい女の子だ。え? いいんですか? と半ば笑いながら、傍にいる友達の女の子がもらっちゃいなよ、と面白ろ半分に唆す。そこに割って入ってきたのは、意外にもクリスだった。

「ま、待ってください! それは、私の薔薇です!」

「あれ? いらないんじゃなかったの?」

「さっきのは……いきなりもらって嬉しすぎて、言葉を失ってただけです」

 むんずと、掴み取るクリスに、若い女子たちは憤慨することなく、何このウサギ可愛いーと大人の対応を見せる。ぶっちゃけ嘲笑されているようだったが、クリスは可愛いという単語だけを都合よく耳の穴に挿入したようで、照れていた。

「それじゃあ、あげるよその薔薇。どこか適当なところにでも飾っておいて」

「は、はい!」

 一本だけしかない薔薇の花を、じっと足を停止させたまま凝視している。虫でもついているのかと思ったが、そうではないらしい。

「薔薇の花言葉って、なんでしょうね?」

「薔薇って一言で言っても色で花言葉が違ったりするから、たくさんあるね。幸福とか無邪気とか、それから――秘密とか」

「く、詳しいんですね」

「そっちから聴いておいてなに? 俺だって多少の花言葉は知識としてあるよ」

 ――もっとも、受け売りなんだけどね。

 後ろについてくるウサギ。

 人前に出るのが少ないのか、クリスはいつもよりも臆病。背中に隠れるようにして歩かれるので、勝手がいいものではない。人垣を掻き分けるのに、大きな体であるウォンが盾となるのが効率がいいのは分かるが、どうにもはぐれないかどうかが不安材料。目に届く範囲にいて欲しい。

 いつもより歩幅を狭くして、クリスの隣に並び立つ。

 これじゃあ、知り合いだと世間に触れ回っているようなものだが、それももうこうなってしまっては仕方ない。観念して、コスプレもどきの少女とデートに洒落込もうか。

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