Title-30 殺戮者は世界に宣戦布告する
『創造主』は何もせずに、再び戦い始めた両雄の戦いを見守る。
正確に表現するならば、何もしないのではなく、何もできない。
信念が衝突し合う戦いに、真剣味のなく惰性で生きているような人間が割って入れるはずがない。もしもあの激しい渦中の中に入れる人間がいるとするならば、戦っている者の安否を本気で不安がれる人間。巻き込まれたとしても、自ら戦況を変えるぐらいの意気込みがある者に限られる。
だが、その可能性がある少女は、顔を青ざめながら佇んでいた。
「どうして……」
茫然自失に陥りながら、小さく疑問の声を虚空に溶かす。
理性なき蛮人の競り合いとして、彼女の瞳には歪んで写っているのだろうか。
戦いに身を投じたことのない、10歳の少女にはあまりにも苛烈を極める戦闘。このままでは身命を賭して戦っている『冥府の猟犬』があまりにも報われない。
「……このままいくと、あいつは死ぬだろうな……」
愕然とした表情で、縋るみたいに見上げてくる。
否定の言葉が欲しいようだったが、生憎と事実をポツリと述べただけだ。こんなことなら、気絶させたままの方が良かった。
いつの間にか、『悲劇の魔女』に対して同情的になってきた。
共感したといってもいい。
目線の先が絡むみたいにして、焦点がぶつかり合っているところとか。
それから、戦いを目の当たりにしながら、何もできないところとかがだ。
だからだろうか。
少しばかり似合わないことをしてやろうと思う。
魔が差したというやつだ。
「……お前、今なら逃げてもいいぞ……」
「そんな……でも……」
今日一日ですっかり人を信じられなくなっている『悲劇の魔女』。
今後の将来に暗雲が立ち込めている。
その原因の一端を背負っている者として、出来る範囲での贖いをしてやる。あくまで、出来る範囲に限らせてもらうが。
「……今なら『流星』だって手が出せない。ここまで来れただけでもお前は立派だ」
捻挫をしてしまっていた足なら、『創造主』のガムによって補強しておいた。連れ去る時に担ぐのも面倒だからと応急処置をとったが、それでも痛むはずだ。
それ以外にも体の至るところに傷が目立つ。
普段からドジでも踏んでいるのか、所狭しと浅いながらも傷が開いている。
一番目につくのは、恐らく他人に殴打された跡のある頬。
『創造主』ともなると、どんな傷なのかは分かってしまう。子どもとはいえ、顔を殴られるのは相当心が傷ついただろう。
萎えてしまうには申し分ないほどショックな出来事が散発したはずだ。
「……お前は戦わなくてもいいんだ」
中途半端に突き放してしまってはだめだ。
聞き分けのない子を諭すみたいに手を引いて、正しき道に導いてやる。それはある意味では親切で、ある意味では最も残酷だ。
相当堪えたんじゃないかと、チラリと『悲劇の魔女』を一瞥する。だが彼女の顔には動揺らしい動揺も見えず、明らかに落ち着きを取り戻していた。
「嫌です」
プイ、と機嫌を損ねたようにして、駄々をこねる。
ここは絶望するべき時じゃないのか。
『創造主』の物腰が柔らかになって安心したせいか、態度が大きくなった気がする。
だが、何故かそこまで不愉快ではない。
「……お前……意地っ張りなんだな……」
もっと他人の言葉に従順なお姫様だと思っていたが、今にして思い返してみれば『創造主』に無謀にも果敢に向かってくるおてんば娘だ。
骨があり過ぎても不思議ではない。
「意地っ張りなんかじゃありません!」
「……そうだな」
眉をひそめながら、納得いかなげに首を捻る。
そして頭を抱えて考え込む。
「私にできること、できること」
呪詛のように言葉を繰り返しながら、打開策を熟考しているようだ。
丸っきり無駄だとは言わないが、あまりにも無理がある。
「…………そっか。……私にも……ある……………できることが!」
『悲劇の魔女』は、何か思いついたことを押しとどめることができないかのように駆け出す。快活げに走り出すのは結構だが、わざわざ『冥府の猟犬』と『流星』との戦闘に割ってはいるようにしなくてもいい。下手すれば、流れ弾が当たるどころの話じゃなくなる。
「ま、待て!」
黄金色のメダルが『悲劇の魔女』の近くで、爆破の光が弾けようとする。
「――ッ!」
『悲劇の魔女』の悲鳴を遮断するような、轟音がその場を支配する。
『冥府の猟犬』が、『悲劇の魔女』に当たる直前で衝撃を与えて爆破させたからだ。爆破の余波を受けてボロボロになりながらも、『悲劇の魔女』は立ち上がる。
「二人共、もう戦わないでください! もう、こんなことしたって意味なんてないですよ!」
どれだけ叫んでも、『悲劇の魔女』如きの声では停止しない。
自覚ありきで戦場を歩いてきた傭兵には、のほほんと長年平和ボケに浸っていた『悲劇の魔女』の声など響かない。
「もしもこのまま二人が戦い続けるっていうなら、私は――」
だが、もしも声が届く時があるとするならば。
それは――『悲劇の魔女』が『カートリアの悲劇』の時のように本性を露わにしたその時だ。
「今からこの世界に生きる人類を――滅ぼします」