Title-28 満身創痍の猟犬はその身で爆風を切り裂く
『流星』は攻めあぐねていた。
手を置くだけで倒れそうなほど衰弱している眼前の男一人、満足に仕留めることができない。
その事実が苛立たせ、平静を欠いた『流星』は決め手に欠けていた。
「このっ――」
鈍く光る銀色のメダルを放つ。
全てを弾き飛ばす効力を持つメダルが最大限に生かされるのは、真正面から受けた時だけ。針に糸を通すが如き正確さで、速度のあるメダルの一つの端を、ウォンが金箍棒で的確に命中させる。軌道をずらされたメダルは、別のメダルと衝突して威力を分散され、結果的にあらぬ方向へ飛んでいく。
それらを頭の中で計算し、遂行できるだけの実力。
焦りを助長させる要素には違いない。
これで、銀色のメダルも攻略された。
だが、黄金色のメダルと組み合わせれば、攻撃パターンは広がる。近づいてこれないように弾幕を張りながら、時間を稼ぐ。
戦術を練る時間をだ。
くたびれた肉体にも関わらず、ウォンの動きは冴えまくっているからこちらとしては余裕が全くない。傷を負っていない時よりも、俊敏になっているぐらいだ。もしもここが屋外じゃなかったら、既に土をつけられていたかもしれない。
だが、いきなり何故。
先程、クリスを攻撃し、庇った時からさらに加速した気がする。思考をはっきりと結論付け、それを口外することによって迷いをなくした。
自分が何をなすべきか、何をしたいか。
その方向性を定めるだけでも、心の瞬発力は強くなる。
だが、それだけではこの加速度は説明がつかない。
まるで、何か病気を抱えた患者がリハビリを終えたぐらい、動きに差異がある。
――そうか。それだ。
この半年間。
クリスを監視するという任務についてから、ウォンはほとんどといっていいほどまともな戦闘をしてこなかった。さしもの『冥府の猟犬』も、相当傭兵としてのカンが鈍っていたに違いない。『流星』との戦いによって、ブランクに浸った身体がようやく戦場に馴染んできたといったところか。
――待てよ、ということは。
――今までの戦い全て、本領じゃなかった?
『流星』との戦闘は、ブランク明けのウォーミングアップに過ぎなかった。準備体操が終わってから、ようやく『冥府の猟犬』の実力の輪郭が表面化し始めた。
《アースガルズ》との戦闘も含めてだ。
そういえば、あの戦いを引き起こしたのは『創造主』だった。怠け者の彼女が率先して行動することは、極めて稀。
『悲劇の魔女』の件をそれだけ危惧していたのだと、そう理解していた。
だが、それは誤解だった。
全ては、『冥府の猟犬』のために――。
「ふざけるなっ――!」
憤りに任せて、黄金色のメダルを散発する。
頭が沸騰しそうな激情を抱えながらも、冷静に事をすすめる。
爆発させるメダルを、今までのパターンならウォンは全て打ち払う。
だが、『流星』は両手で充分に投擲できるだけの量を、中空にばら撒いた。これで少しは動きが取りづらいはず。全てを相殺したその後、周囲には爆煙による目くらましが発生する。ウォンが反撃に講じる前に、銀色のメダルを解き放つ。そうすれば、一定のダメージを与えることができる。
今や、虫の息だ。
動きが良くなって攻撃をなぎ払っているのも、裏を返せばあと一撃でも喰らってしまえば致命傷であるということ。だったら、引導を渡してやる。
すぐさま追撃できるようにと、銀色のメダルに手を伸ばそうとしたが――ウォンが力尽きたかのように、膝をつく。
黄金色のメダルを避けるタイミングも、打ち払うタイミングも逃した。
つまり、何の抵抗もないままウォンは絨毯爆撃を受けた。
「あはっ」
凶悪な笑みが漏れる。
これで忌まわしき魔女を守る盾は粉砕された。
後は、本丸を叩くだけ。
充満した煙を前に、勝利を確信した『流星』は肩の力を抜いた。
だが、ドンッ! という恐らく、ウォンが金箍棒で床を鳴らした音が聴こえる。
――まだ生きているのかっ!!
だが、そんな反撃はただただ虚しいだけだ。幾度となく戦い、ウォンの向かってくる最速スピードは完全に掴んだ。もしもここが室内であったのなら、まだウォンにも最後の一太刀を浴びせられる芽はあったが、最後の希望とやらも潰えた。
そもそも、膝をついてしまうほど限界が来たのなら、それこそ最速スピードもでない。最早ワンサイドゲームにしかなりえない。
あまりに、遅かった。
実力を発揮し始めて、こちらも焦ったが後の祭り。体力を使い果たしたあとでは、せっかく内蔵されているピカピカの最高級エンジンも宝の持ち腐れだ。
介錯ぐらいはしてやる。
そうして安堵の顔を浮かべていると――
予想を遥かに超える速度で、『流星』の懐にウォンが肉薄していた。
――なん――でぇっ!?
銀色のメダルが追いつかない。完全に接近されてしまった。
そんな体力残されていなかったはず。
もしかして今までのは全て演技だったのか。
いや、そんなことできるほどウォンに余裕はなかったはず。だとしたらなんでこんなに速く。爆弾もちゃんと被弾したは――
まさか。
まさかこいつ――
わざと爆弾を受けたのか?
黄金色のメダルが爆発した瞬間に、金箍棒を伸ばした。ただ伸ばすだけでは『流星』に見切られてしまう。だから、爆風の推進力を利用して、更に加速した。自分自身の肉体の損傷を犠牲にした、命を掛けた特攻。
――そんなこと、何故できる?
疑問符を頭に浮かべながら、ウォンの肘鉄が内臓を抉り込む。
しっかりと骨の間を掻い潜るようにしての、乾坤一擲。
身体がくの字に折れ曲がる。
たまらず、苦痛の唾を吐き出す。
『流星』は、反撃しようとして一歩足を前に踏み出していた。それは闘争意識の強い『流星』ならではの行動で長所のはずだったが、それが逆にカウンターとなって、さらに肉体の奥にめり込んでしまった。
「なん……で?」
理屈でできると分かっていても、まずこんなイカれた攻撃を試すやつはいない。
しかも、こんな実戦で。
頭のネジが一本外れているとか、そんな次元の話じゃない。
「お前には分からないだろうな」
掠れていく意識の中。
理性が破綻している奴の声が脳に直接響く。
「大切なものが何一つないお前に、俺が負ける理屈はどこにもない」