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派遣の猟犬  作者: 魔桜
クリスside
25/32

Title-25 冥府の猟犬は咆哮する

 天蓋は血のような夕焼け色。

 ヒンヤリとした冷たいアスファルトの、ゴツゴツとした感触が後頭部に広がる。

 睡眠欲に負けそうな瞼と葛藤しながら起き上がろうとするが、パックリと裂け目が入りそうなぐらい鋭い痛みが頭蓋を迸る。

 涙目になりながら、血行が良くなるのを時間任せにする。

 頭痛めいた発作が治まるのを見計って、再び閉じた両目をパッチリと開く。二重瞼になってしまっているのか、視界は良好とはいえない。

 だが、引き裂かれてしまった脚が健在であることは、何度瞬きしても確かなようだ。

 夢か幻か。

 頬っぺたを抓る代わりに、足のふくらはぎを抓ってみる。

 しっかり痛い。

 感覚もあるということは、義足ではなく自分の脚であるということ。クリスの知らないところで、いつの間にやら医学技術が加速度的に発達しているとも思えない。

 傷跡すらないのだ。

 医者によるものだとか、そんな常識の概念に囚われた人間の所業ではない。もっと超常の力によるものだろう。

 きっと、自分の自覚なき能力のようなものだ。

 それとも、本当に夢だったのか。

 どこからどこまでが夢なのかを決められるとしたら、いったい自分はどこまで過去を遡るのだろうか。……多分、そんな浅慮なことはしない。

 だって、過去をなかったことになどできない。

 心の受けたこの衝撃を、忘れることなんて今の自分にはできない。ウォンと出会ったことすらも、喪失してしまったのなら、自分という人格は崩壊するだろう。

「……遅いぞ、『流星』」

 臓器を鷲掴みするような、凍えるような声。

 冷徹な表情を顔に貼り付ける『創造主』の視線の先には、満身創痍の『流星』がいた。ドアを手で押さえながら、疲弊しきっていて歩くのも億劫そうだ。

 ここはエル・ドラドの屋上。

 周囲を期待に澄んだ瞳で見渡してみるが、そこにいたのはクリスを含めて三人だけ。それから、ここを脱出できるようなヘリが待機しているだけだった。

「……お前にはあのヘリに乗って、我が傭兵派遣機関ハデスに来てもらう。待遇についてはあまり期待しないほうがいい……」

「まあ、実験施設に24時間監禁されるぐらいじゃないですか。あとは他の組織の取引材料に使われるか。それともすぐさま処刑されるか。俺としては最後の選択肢が望みですけどね」

 自分はこれから、どうなってしまうのだろうか。

 あらゆる怪しげな薬品が揃っている手術室のような場所で、注射をうたれたり、メスを使って解剖されてしまうのだろうか。

 『創造主』は 軽妙な口調の『流星』に釘を刺す。

「……口がすぎるぞ、『流星』」

「すいません。ついつい嬉しさのあまり口が滑ってしまって」

 ペロッと舌をおふざけで出す様子は、全く内省していない。そんな姿に慣れきってしまっているのか、顔色一つ変えることなく『創造主』は質問をする。

「……『冥府の猟犬』はどうした? 独断専行していたのだろう?」

「ありゃ、やっぱりバレてたんですか。……別に命令違反している人間を、上司に聞かずに処罰しておいただけですよ。そんな仕事熱心な俺に何か処分下るんですか」

「……いや、ない。……行くぞ」

 まるで何事もなかったかのように、二人はヘリへと距離を詰める。

 ――ななにが起こってるの?

 一瞬わかも分からず、真っ白になった頭のまま思ったままの疑問をぶつける。

「待ってください……え? ウォンさんが……?」

「だから死んだっていってるじゃん。聞いてなかったの?」

 虫けらを見るような瞳で見られる。

 口調も軽やかで、人の命を数字だけで捉えているようなそんな感じ。

「そんな……ウォンさんが……死ぬはず……」

「そんなことどうだっていいでしょ? 君は1万人も殺したんでしょ? 今更何言ってるの」

「そんな……私は……」

 歩いてきた人生があまりに違いすぎる。

 あまりの噛み合わなさに頭痛がする。

「いいから早く。俺たちは、別に五体満足で連れてこいって命令されたわけじゃないんだ」

 座り込んだままでいたクリスの髪の毛を、乱暴に引っ張られる。

 悲鳴を上げながら抵抗するが、大人の男の力に勝てるわけがない。

 ズルズルと引きずられて、身体が勝手に『流星』を手伝うように動く。反射的に痛みが生じないように足を持ち上げる。それでも構わず引っ張られているが、痛みは半減だ。

 実験施設とやらに連れて行かれてどうなるかなんて明白だ。

 きっと、死ぬよりも辛いことを味わうことになる。

 だから、今のうちに痛みは最上限に抑えておきたい。誰だってそうだ。無意味な抵抗をしたところで、返ってくる痛みが増大するだけ。

 だったら、最初から無抵抗に痛みを受け入れればいい。

 少しでも従順な態度を今のうちにとっておけば、あっちでも待遇が良くなるかもしれない。

 土下座でもしたほうがいいだろうか。

 理不尽な謝罪は慣れている。

 失敗ばかりしていたから、いつも作り笑いをしながら頭を垂れてきた。納得がいかなかったとしても、頭を下げなきゃいけないことは世の中には山ほどある。

 社会を楽に渡っていくための処世術だ。

 そうしなければ、まとまな生活だってままならない。

 そんなことわかっている。

 わかっているのに、どうしてだろう。

 涙が止まらないのは。

「ウォンさん!」

 口から迸ったのは、敵の名だった。

 どんなことがあろうと、自分のことを憎んでいるだろう最大の敵の名前を叫んでいた。

 一体何のために。

 死んでしまった人間の名前を今更咆哮したところでなんになる。

 助けて……欲しいのか。

 そんなのあまりにも自分勝手すぎる。ウォンのために何かしたいがためにここまで来たのに、結局は縋って生きることしかできない。

 自分ひとりじゃ、何もできない鼻水を垂らしたただの子どもだ。

 失意のままクリスは項垂れる。

 だが、

「……お前は、あいつを信じていないんだな……」

 『創造主』が静まり返ったはずのクリスの心に波紋を投げかける。

「えっ?」

 屋上の床が揺れる。

 地震――と、『流星』の裏返った声が響くが、そうじゃない。何度も何度も揺れる、というよりはまるでノックのようだ。

 この下から、まるで誰かが一生懸命ノックするかのように凄まじいまでの衝撃が伝わってくる。丸太でも下から突き上げるかのような轟音を伴いながら。

「……一度殺されたたぐらいじゃ、くたばらない」

 『創造主』はこうなることを予期していたかのように、何もせずに佇んでいる。

 まるで信頼している人間が現れるのを待っているかのように、口元を緩ませていた。

「……それが、あいつ――」

 ついに床を叩いていたものが、コンクリートをぶち破って天へと登る。まるで巨大な柱のようなそれは、クリスを地獄へ連れ去ろうとしたヘリを木っ端微塵に破砕した。

 そして、闇の名から這い出てきたその男は――


「……『冥府の猟犬』だ」


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