Title-21 爆炎は敗者に制裁を下す
指の間に挟んだメダルを一斉に投擲する。
光芒の直線を描きながら、三枚のメダルは爆発を引き起こす。
時間式の爆弾はウォンが当たる直前を狙っているのだが、予想を遥かに上回る速度で天井へ着地する。逆さになったまま見下されると、弾丸のように急転直下。
フックぎみのパンチが鼻先をかすめながらも、首が折れそうになるぐらいまで仰け反る。手を地面につきながら、両足で同時に蹴りを入れるが、ウォンのたたみこんだ腕によって致命傷を与えることはできない。
海老反りのような態勢では、あちらの攻撃に対処し切るまで時間がかかりすぎる。舌打ちしながら、『流星』は無理やりにでも、牽制にメダルを一つ放る。
腕をブンと振るうと、届くはずのない距離にあるメダルが横に弾かれ爆破する。
どんなマジックを使っているのか目星がつかないが、遠距離攻撃ができるのは『流星』だけじゃないらしい。あっちは身体能力がずば抜けている。ただの脚力ではない。空中でも移動できることから察するに、あらゆる状況においてあちらの方が移動スピードが上手であると認めざるを得ない。
こちらがいつも一手遅れてしまっている。
それだけじゃなく、物体すら吹き飛ばせるだけの妙なサイコキネシスみたいな力まであるとなると、確かに相当の実力者のようだ。『創造主』や『社長』一目置かれるだけのことはある。
しかも、さっきまでの広い部屋よりかは、狭い廊下の方が戦いやすいようだ。攻撃力はともかくとして、速度が段違いに速くなっている。狭い空間内においては、メダルは自分をも爆発領域に巻き込んでしまうから、思い切った行動にでれない。
このまま廊下で戦闘を続行するのは得策じゃない。
攻防一体となるメダルで、安全圏を作りつつ自分が有利になるべき空間に誘導するのが先決。爆弾の弾幕を張りながら、後ろへと跳躍しようとするが、
「『アースガルズ』の置き土産が役に立つとはな……」
ウォンが掻い潜りきれなかったメダルの一枚。
何故か、横に跳躍する予備動作が見られない。
また、見えない武器で弾く気か。
それを爆発する手前で、銃弾が貫き、爆風が『流星』の前で巻き起こる。攻撃パターンを読み切っていたからこそ、不意をつかれた形になる。だが、この攻撃もすぐさま頭にインプットされた。
「いまさら拳銃如き――」
爆煙が晴れたその先には、ウォンが背を向けて全力で遁走する姿だった。
どんな思惑があるにしても、これで願ったり叶ったりだ。
被爆しないように、爆発から反対側の方向へと走るしかないウォンは面白いように自ら罠へと進んでいく。半年前から働いているウォンは確実に油断している。地の利は自らにあると認識しているだろうが、それは間違いだ。
頭の中には完全なマップができあがっている。
そしてこの先にあるのは、完全に逃げ場のないキッチンだ。広い空間にでれば、爆弾によって一気に片をつけることができる。ちょろい、ちょろすぎて――
――待てよ。何かおかしくないか。
いくらなんでもここまで優位に進めているのは、どこかきな臭い。
――罠か?
『流星』が考えていることもまた、ウォンも思考しているとしたら……。傭兵同士ということもあり、思考パターンはに通っているのやもしれない。
いくら半年のブランクがウォンにあろうとも、わざわざ自分が不利となるような場所に赴くだろうか。調子に乗った『流星』を、一撃で仕留めるための演技だったとしたらどうする。
ハタ、と脚が止まってしまう。
ウォンはキッチンの中に入ると、立てこもるかのようにドアを完璧に密閉する。
やはり、向かってはこないのが怪しすぎる。
そもそもクリスのことが目的ならば、『流星』との対決に固執し過ぎている。軽くあしらって下の階へと急げばいいのに、すぐに向かわないということは必ず勝つ策があるということか。
爆弾でドアを無理やり破壊することも一考したが、相手の出方が不透明な今、軽はずみに攻撃はできない。追いかけるのも危険を伴うが、虎子を得るためにはなんとやらだ。
意を決してドアを開くと、そこにはウォンがうずくまっていた。
「ハハハ。なんだなんだ。闇雲に逃げてたら、追い詰められてってオチか。あんまり失望させないでくれる? 先輩」
声の調子に気をつけながら、ジリジリと距離を詰める。
勝利の美酒に酔っているフェイクを続けながら、罠が仕掛けられていないか丁寧に周囲に気を配っていると――
破壊音がキッチンに反響する。
ウォンの服には丸い穴が空いていて、それを貫いたのは細長い棒だった。異国の物語の書物で閲覧したことがある。
伸縮自在の金箍棒。
それが手足を地につかずに滑空したり、離れた場所にある物体を破壊した正体だったわけだ。
後ろ向きのまま、自分の体をブラインドにした虚を突く攻撃。後ろを振り返らずに、相手の立ち位置を限定させるためのポジショニング。実に理にかなった、策略の詰まった行動で、並の人間であったなら引っかっただろう。
「――で、だから何?」
いくら目にも止まらない速度で棒を伸ばそうとも、この一点。攻撃すると予知できていたのなら、躱わすのも容易かった。虚しく空を切った棒は、上方の壁の隅にまで伸びていて、張り詰めている。大技を出したあとには必ず隙ができる。
「惜しかったな、先輩。これで――ゲームオーバーだ!」
手元に戻すよりも前に、こちらのメダルがウォンを直撃するのが速い。
あの態勢からではなぎ払うこともできず、ただ被弾するのをじっと待つだけ。回避のために転がったとしても、横の広い範囲に三枚のメダルをばら撒いたので、どこかに必ず当たる。
黄金色のメダルは、流星群のようにウォンに差し迫る。
策謀に長けているのは認めるが、それを練る時間すら与えない。
どれだけ凄い攻撃だろうが、それを予防することができた人間が一番強い。あの最悪の歩く殺戮兵器『魔女』を壊そうとしているのと同じ。だから――
不意に、シューと漏れる空気の音が聴こえる。相手の裏を読むことから、現実に思考がスイッチしたおかげで、洞察力が向上したからだろう。むせ返るような澱んだ中空も、どこかで――と、考えを巡らしたところで、ここがキッチンだということから推察が終了した。
ガスだ。
こちらがキッチンを突撃する前に、若干のタイムラグが生じた。
その時に締め切っていたのは、ガスを充満させるため。金箍棒はただのフェイントで、『流星』を倒すのはあくまで、次の一手によるものだとしたら、座り位置にも納得できる。バックドラフト現象によって、『流星』の肉体を灼き切るため。
「まさか、最初からこのつもりで……」
ガッ、という音。
パラパラとコンクリート片みたいなものが落ちると、金箍棒をたわませてウォンは物陰へと瞬時に移動した。爆弾の魔の手から逃れるための策すらも、用意していた。
相手の浅知恵など看破しているつもりでいた。
だが、敢えて反撃を抑えていたのも、こちらの攻撃特性を推し量るためだったとしたら。
一度解き放ったメダルの爆弾を解除することはできない。
それを知った後、短時間で練った。攻撃を予防することこさが至上だという、『流星』の思考パターンすら策に組み込んだ上でのこの一撃だとしたら。
まさに、眼前にいるのは化け物だ。
「なんだ、この程度か……」
ウォンの声だけが妙に響く。
破壊の炎が、酸素を生贄に増殖する。
自らが引き起こした爆炎は、加速しながら『流星』を蹂躙する。
「お前みたいな雑魚は――無様に自爆しろ」