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派遣の猟犬  作者: 魔桜
クリスside
16/32

Title-16 悲劇の魔女は復讐鬼に襲われる

「逃げろって言われて、そんな簡単に逃げられるはずないじゃないですか」

 逃げ惑う人々に混じってクリスは、外へ助けを呼ぼうとした。

 だが、途中で気が変わった。

 ウォンに全てを任せて、何かあったらきっと一生分の後悔を背負ってしまうことになる。そんなことにならないように、今はウォンの元へと急がなくちゃいけない。

 だけど――

「……ひどい」

 目を覆うような惨状。

 輝かしいまでの装飾を誇っていたシャンデリアが落下し、粉々になっている。スロット台も軒並み横倒しになっていて、大地震でも起きたように天地がひっくり返っているよう。

 それだけじゃなく、火事のように所々で火の手が回っている。

 頭上に設置されているスプリンクラーから水が放出されていて、クリスでも走れるが、それでも炎の本流が床を舐め尽くしている。

 霧のような水蒸気を掻き分けていくと、ようやく追いつくべき人物の背中が見えた。

「いた! ウォンさ――」

 だが、そこには見たこともない男の人も一緒にいて――


「あんたの恋人を消滅させた、あのクリスティーナ・トランティスを!」


 思わず、駆け足に急ブレーキをかける。

 気配に気がついたのか、ウォンともう独りの男が振り返る。ウォンの顔は驚愕に染まっていて、目の前にクリスがいることが信じらないようだった。

 頭が空白で埋まる。

 舌の上が枯渇する。

 口から衝いて出た言葉は、たった一言だけ。


「――え?」


 ぐらり、と身体が傾くのを、なんとか立て直す。

 聞き間違いか。

 そうであって欲しいと思いながら、なんとか精神を立て直そうとする。

「えっーと、ウォンさんに恋人って……また、嘘ですか?」

 そんな月並みのセリフしか出てこない。

 キョトン、と小動物のように首を傾げる。

 紅蓮の火の粉が舞っている中、クリスの言葉だけが浮く。

 目を伏せているウォンからは、なんの感情も窺い知れない。まだ心の整理がつかないといった様子で、クリスの問いかけに答えられる様子ではない。

 代わりに、ウォンの隣にいた男が一歩前に出て、怪訝な顔をする。

「……なんだ、こいつ?」

「あっ、もしかして、そちらウォンさんのお友達ですか? なんだ、分かりました。お二人でドッキリを仕掛けたんですね。もうっ、人が悪いですね。こんなことして――」

「……なんでここに来た? 逃げろと言ったはずだろ」

 ビクッ、と肩が条件反射的に震える。

 突き刺すような視線。

 ――いつもと全然違う。

 声も。

 表情も。

 何もかもがクリスの知っているウォンではなくて、たったそれだけのことで身体を縛り付けられてしまった。

 靴の下と床が縫い付けられているように、動かない。

「だ、だって……。ウォンさんを置いて逃げるなんてそんなこと――」

「ハッ、ハハハハハハ!!」

 抱腹絶倒。

 身を捩らせるようにして、見知らぬ男が高笑いを唐突にする。

 不愉快、というよりは不気味だった。

「な、なんですか……」

「なるほどね。納得がいったよ。ただの部外者かと思ったら……とんでもない。VIP対応をしなくちゃいけないな。いやー、まさかこの騒ぎの原因が、のこのこ現れるなんて思いもしなかったから、挨拶が遅れてしまった」

 名前も知らぬ男は気取ったように、

「歓迎するよ、自覚なき殺戮者さん」

「なんの話ですか。さっきから変な冗談ばか――」

「冗談? この惨状をその眼で視て、聴いて、知って、それでも尚目を背けられるなんて、噂に違わぬ悪党っぷりだね。惚れ惚れするぐらいに、心が腐っている」

「な、なんで、会ったばかりのあなたにそんなこと言われないといけないんですか」

「……それは、『悲劇のヒロイン』気取りの君が、『悲劇の魔女』だからに、決まってるでしょ」

「……『悲劇の魔女』……?」

 聞いた事のない名称だ。

 もちろん、誰かに呼ばれ事なんてない。

「一度もおかしいと思わなかったとは言わせない。いくら都市部で起きた事故といっても、たった一度きりの爆発で、1万人も死ぬなんて」

「それは――」

「やめろ……『流星』。それはこいつに聴かせるべきじゃない」

 目の前が真っ白になりかけると、ウォンが横合いから助け舟を出す。

 だが、『流星』とやらは、歯牙にもかけない。

「いいや、魔女には知る義務がある。いいや、既に知って、気づいているはずだ『カートリアの悲劇』を引き起こしたのは――」


「クリスティーナ・トランティス。君自身だ」


「なっ……」

「あの悲劇の時、カートリアにいたんだよ。『冥府の猟犬』の婚約していた恋人がこの世から消し飛ばされた。今も記憶がないなんてほざいている、君のせいでね!」

「う、嘘ですよ……。そんなの……。だって、そしたら私は……」

 ――両親さえも。

 うっ、と胃が引き攣るように暴れる。

「嘘なんかじゃない。これは本当のことなんだよ。能力源に立ち、それでも生きていたのは君だけだった。疑う余地はどこにもない」

「でも、私にはそんな力なんて……」

「眠っているだけなんだよ。恐らくは、無意識に記憶と共に封印されている。もしも当時の記憶が甦ったら、また悲劇が引き起こされる。そんなあやふやな仮説しか立てないほど、不安定な存在なんだ、君。そして一度能力が発動すれば、何が起きるぐらい経験したあんたにならわかるでしょ」

「そんな……」

 全てを切って捨てることはできない。

 ただでさえ、記憶がないのに、こうも立て続けに認めがたいことを叩きつけられて、まともな精神でいられる方がおかしい。

「誰だって危険すぎる兵器が目の前にあって、安心して生きていけるわけがない。壊そうと思うのが自然の流れでしょ」

「そんなの……。あ、ありえないですよ」

「ありえるから言ってるんだけど、どうも理解が遅いなー。……あっ、そっか」

 わざとらしく、ポン、と手を当てて、『流星』は、合点がいったような顔をする。

「顔は知らなかったけど、報告は聴いてるよ。君の無能っぷりは。理解力がなくて、いつも失敗して、オーナーに怒られてるんだって?」

「……え、なんで……?」

 そんなこと、初対面である人間が知っているのか。

 その答えが分からないわけではなかった。だけど、気がつかない振りをしながら、耳を塞ぎたくなることを聴く。

「健気に努力しても、誰も褒めてくれない。自分の力を認めてくれなくて、いつも辛い想いをして、それでも慰めてくれる人がいるから頑張れる。……とってもいい話だね」

「……ウォン……さん」

 思わず、ウォンを凝視する。

 ――苦しかったら、逃げていいんだよ。辛かったら、忘れたって――。

 じわり、と睫毛が濡れる。

 ――今夜は一緒に眠ってくれると嬉しいんだけど。

 いつだって、傍にいて励ましてくれた、ウォンを見つめ続ける。だけど、ウォンは何一つ言葉を発することなく、目も合わせなかった。

「そうそう。そうやって縋ってた、最後の心の拠り所だった『ウォンさん』が、実は君のことを憎んでいただけだとしたら? 君に復讐するチャンスを伺うためだけに、近づいていただけだとしたら? 君に見せていた顔が、全部偽物だとしたら?」

「あ…………う…………」

 言葉が、でてこない。

「裏切られて、どんな気分? 悲しい? ……でも、大丈夫。この俺が手ずからその悲しみから解放してあげるから」

「や……」

 言っている意味を悟ってしまい、遅ればせながら後ずさる。そんなものは時間稼ぎにすらならないと分かりつつも、にじり寄ってくる死の予感から逃げたかった。

「怖がることなんてないでしょ。半端に虚像の希望に縋ったって、傷が増えるだけ。だったら、何もせずに頑張らない方が、利口で……。無になってしまえば、恐怖なんてものとも一生無縁なんだ。だから……もう、君は無駄な努力をしなくたっていいんだ」

 近寄ってくる『流星』との距離は、縮まる一方。

 どうすることもできない。

 歩幅的にも、身体的にも、何をとっても、恐らくは『流星』より劣っている。

 逃れる術はない。

 理屈が頭の中にありつつも、本能のまま退く。

「…………え?」

 クリスか、『流星』のどっちが漏らした言葉が分からない。

 ウォンが立ちふさがるようにして、『流星』の前へと躍り出た。

 あまりにも嬉しくて、一滴の涙が床に溢れる。

「……ウォンさっ――――!」

 クリスの身体が、吹っ飛んでいた。

 回転する部屋の光景が、まるで人ごとのように瞳に写る。

 誰に、何をされたのか。

 分からず仕舞いのまま、立ち上がろうとしても失敗する。

 これは、痛みだ。

 尋常じゃないほどの痛みが、頬につきまとっている。

 うまく、歯が噛み合わない。

「…………あっ…………がっ…………」

「へー、やればできるじゃないですか、先輩」

 感心したように、『流星』は唸っている。ずっと立ち竦んでいたままで、クリスに対して何かをやった形跡なんてない。クリスが吹き飛ばされた時は、指一本動かしていなかった。

 だから、クリスの身体が床に転がる程の威力で殴れたのは、たったの一人しかいなかった。

「なっ、ウォンさ――んぐっ!」

 今度は、腹を蹴られた……のだと思う。

 子どもに飽きられて投げられた、人形みたいに転がる。

 あまりにも速すぎて、信じられなくて、現実を受け止められない。

「辛かったよ。お前が明るく笑ったり、振舞ったり、喋ったり。そういう幸せな顔を見るたびに、なんであいつが消えなくちゃいけなかったんだって、そう思ってた」

「……あっ……あっ……はっ……んっ……」

 気息を整えることができない。

 心臓が早鐘を打ちすぎて、痛い。

 破裂しそうだ。

「俺の気持ちなんて、分からないだろうな……お前には……」

「……いやっ……」

 もう、何も聴きたくない。

 怖くて、後ろの方を見上げると、都合よくエレベーターのスイッチが見えた。カチカチ、と下に降りるようにボタンを押す。

 震えた手で。

 身の危険を瀕する外敵の手から、溢れるために。

 希望を繋げるために、必死になって押す。

「はっ……はっ――やく……」

 背後から、悠長に歩いてくる音が聴こえる。

 首に手をかけらているようだ。

 いつでも、どうとでもできる余裕さを感じる。

 永遠とも思えた時間。

 ようやく、未来へ続く扉が開かれる。完全に空くのを待っているわけがなく、身を捻らせながら滑り込む。そして、一階に降りるボタンを押すと、開閉スイッチを連打する。

 心臓が凍えそうになりながら振り返ると、未だに距離がある。徐々に締まっていく扉。ゆるゆると、心が緩んでいく。

 助かっ――

 轟音とと共に、エレベーターの扉がひしゃげる。締まりきろうとした瞬間、何かが高速で向かってきたと思ったら、とてつもない扉に衝撃が走った。

 扉の真ん中が丸くへこんで、その隙間から殺意を孕んだ視線を投射される。

「あっ…………っ…………」

 どん、と後ろ手を後ろにつくと、座り込む。

 もう一度猛威が振るわれようとした瞬間、エレベーターが下降を始める。

 ウォンの顔が、網膜に張り付いたまま剥がれない。

 目を瞑っても、浮かんでくる。

 だが、なんとか命を拾えた。

「やっ……た。よかっ――

 

 安堵の声を上げると同時に、エレベーターの外で爆発が起きる。


 照明が消え、視界は闇に支配される。

 下降中だったエレベーターは、ワイヤーの支えを失うと、クリスを乗せたまま奈落の底へと落ちる。

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