Title-15 爆弾狂が全てを暴露する
断続的に爆発音が聴こえる。
まるで、自分の存在を主張するように、何度も、何度も。
その度に、甲高い悲鳴が響く。
――趣味が悪い。どこのどいつだ。
騒乱の中。
濁流のように押し寄せてくる客をかき分けながら、ウォンは押し進んでいく。人の波が途切れた瞬間、また駆け足になって爆発源へと迫る。
――クリスを狙っての爆撃か、それとも俺か。または別の目的か。
ハッキリさせたいのは、爆破犯の目的。
ここまで連続で、しかも別々の場所で爆発しているのを見やると、事故とは考えにくい。まず、人為的に引き起こされたものだと考えていい。
テロリストだったなら、客を人質にするはず。
金を要求するなり、檻の中にいる仲間の解放を求めたりと、必要になるのは人質。見たところ、客は普通にエレベーターに乗っている。
このままじゃ、客が外に出て事態が白日の下に晒される。
警察が駆けつけて来るのも、時間の問題だ。
それを問題視しないということはよっぽどの自信過剰の馬鹿か、それとも、心配する必要のないだけの大きな存在か。
相手は警察を抑えるだけの権力を持った、組織。もしくは、警察そのものか。
考えられるだけでも、最悪だ。
そんなことができる組織も限られてくる。
例えば、同業者とか――
「あははー。どうもどうも。お初にお目にかかります」
眼前に現れた男が、ヒラヒラと手を動かす。
立ったままで、逃げる素振りもない。
歓迎しているような声色。
つまりはこいつが――
「――『冥府の猟犬』」
爆弾魔だ。
ドォン!! と横の壁が時間差で爆発するが、両者ともに睨んだまま動きがない。横っ飛びに、壁の欠片みたいなものが飛来してくる。
迂闊な行動を取らないのは、臨戦態勢に入った証だ。
爆弾がどこに仕掛けられているか分からない以上、相手の出方を見るか。それとも、先手必勝で一気に片を付けるか。
「このビルから逃げる客を押しのけて、敢えて爆発する場所へ逆走する人間。そうか……あんたが、『冥府の猟犬』なんだね。思ってたよりも、優男で失望した……って言いたいところだけど……」
ジロジロと、興味津々といった様子でウォンを眺める。
「その、腐ったような眼付き。……本物だね、あんた」
「――だったら?」
傲岸な態度に、ウォンは思わず眉を八の字にする。
声のトーンは、いつもの三倍増しに暗い。
クリスの前では決して見せない顔をする。
「あんたの仕事が滞っているってのを聞いて、手伝ってやろうと思っただけだよ。同じ、『ハデス』の派遣社員として」
「お前みたいに、なんの考えもなしに、一般人の大勢いるこんな場所で爆発させる馬鹿は、うちの会社にいるとは思えないが?」
「新人なんでね。社員名は『流星』。今後とも末永くよろしくお願いします。せ・ん・ぱ・い」
気取ったような口調で、優雅にお辞儀をする。
形式だけの言葉はいらない。
そろそろ、遠まわしな言葉の応酬による、腹の探り合いはごめんだ。
こういう脳みその不足している奴としゃべり続けるのは、無駄に時間を浪費しているだけだ。
「『流星』ね……。それで、いったいお前は何がしたいんだ。ただそこにビルがあったから爆破したなんて、哲学めいたことを言うつもりじゃないだろうな」
「さっきも言ったでしょ? 仕事をサボりがちの上司のツケは、部下が背負ってやるって話。つまり……」
『流星』は言葉を溜めると、
「世界最大の危険因子――『悲劇の魔女』の処分任務。それを完遂するために、俺達が派遣されてきたってわけ」
――俺達?
こいつ、口が軽すぎるな。
新人っていうのは間違いないらしい。
「監視報告なら俺が定期的に『社長』にしていた。ぬかりはないはずだ。現場を見ていない社員、しかも新人はでしゃばらないでもらおうか」
「ぬかりはない? 何を言ってるんだが。殺られる前に殺る。それが、傭兵のルールだろ。まさか、このまま殺されるのをずっと待ち続けるわけじゃないでしょうね?」
「あいつは……そんなことしない」
「どうだが? 半年の間で情が湧いたわけじゃないでしょ? あんなMAP兵器に、もはや人間とは形容できない代物に、同情するなんて……そんなおぞましいこと……それとも、そっち系の、ロリコン趣味に目覚めたとか?」
「んな、わけあるかっ!!」
思わず、素で全力ツッコミ。
心をかき乱すための精神攻撃だと分かっていながらも、まんまと引っかかってしまった。落ち着けるようにゴホン、と軽く咳き込むと、
「……あいつに同情はしない。だがな、俺の下された命令は監視だ。そして危険だと判断された場合のみ、処分しろとな。だが、今あいつの精神は安定している。四年前のようなことは起きない」
「そう。そう言って、どいつもこいつも手をこまねいている。上の人間だって同意見だ」
『ハデス』の上層のほとんどが、『悲劇の魔女』に手を出さないという意見だ。
だがそれは、幼き少女を処分するなんて、そんな非人道的なことができない。……なんていう青臭いセリフを吐いているわけじゃない。
日和見主義だ。
パンドラの箱に手を出して、世界が絶望という闇に覆われることを恐れている。
「俺はそんな腰抜けなんかじゃない。この手が血で薄汚れようとも、二度目の悲劇を起こさせない」
「その血は一体誰のものだ? お前の血じゃない。ただの返り血だ。そんな悟りきったことを言えるのは、傷つき、自分の血を流してから言うものだ。身体がズタボロになってまで努力した人間が言えるセリフなんだよ」
「なにが努力だ。あんたたちはただ呆けているだけだ。いつか誰かが何とかしてくれるって。誰も行動を起こさないんだったら他でもない、この俺が未然に世界を救済してみせる」
「あいつを、処分してか?」
「何も躊躇うことなんてないでしょ。これは正当防衛だ。しかも世界最大の危険を取り除いて褒められることはすれど、批難されることなんてない」
『流星』は、自分の考えを滔々と語りだす。
「子どもだって知ってる。悪い人間は処分されて当然だってことぐらい。罪を犯した人間は、社会に、世界に処分される。そんなものは新聞やテレビのニュースを見れば、毎日のように見れる。そんな悪人達を断罪するために、傭兵なんて職業が今でもあるんでしょ」
「違う。傭兵なんてものは、そんな高尚なもんじゃない。傭兵は戦いたいだけだ。いつだって……みっともなく足掻いているだけだ」
はっ、と嘲笑するように『流星』は、吐息を吐き捨てる。
「そうだね……。だけど、傭兵だけじゃない。世間に事実が公表されれば、いずれこの世界全てが戦うさ。そう――世界をこの世から抹消しかねない『悲劇の魔女』と」
「そんなの……まだ、わからないだろ。それこそ俺が未然に防いでみせる」
「……さっきからあんたおかしいぞ。どうしてそこまで意地になってんの? 本当はあんたが一番殺したがっているはずだろ? 憎んでいるはずだろ?」
『流星』は、苛立ったように語気を荒げる。
「あんたの恋人を消滅させた、あのクリスティーナ・トランティスを!」
タッ、と背後から足音がする。
誰も彼もが、とっくの昔に避難したはずなのに。
最悪の予感が胸を貫く。
ウォンが振り返ると、そこにいたのは、瞠目しながら棒立ちになっている『悲劇の魔女』――クリスティーナ・トランティスだった。口を半開きにして、ようやく言葉を搾り出す。
「――え?」