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派遣の猟犬  作者: 魔桜
ウォンside
14/32

Title-14 虚像の日常は霧散する

 ウォンは、モップで床を水拭きしていた。

 入店開始直後は、客足が少ない。混雑する時間までに、だだっ広い床をピカピカに磨き上げなければならない。

 昨日の朝は料理の仕込み等をやったから、今日は掃除というわけだ。どちらも手間がかかるが、頭を空にしながら手だけ動かす掃除の方が退屈だ。

 ルーレット台の下にモップを潜り込ませていると、背後に誰かが立つ気配がする。

「おっ、おはようございます!」

「おはよ。よく睡れた?」

 それは、今朝出かける時にはまだ眠り姫だったクリスだった。

 鳥の巣のように、髪の毛先が無秩序に伸びている。

 遅刻ギリギリの時間だ。

 相当焦っていたのが分かる。

 昨日の夜、というよりは明朝の時間。

 夢にうなされて一度起きた気配があったから、それが原因だろう。

 懐に入り込んできてそのまま熟睡した時は驚いたが、ウォンは狸寝入りを決め込んだ。

 すぅと瞬時に寝息を立てた音がして、ウォンは目を見開いた。クリスの重ね合わせていた睫毛の上に乗っかっていた涙の雫が、丁度頬を撫でるところだった。

 涙の線を拭うようにして、柔らかい頬をそっと指でなぞった。

 ん、と一瞬呻いたが、心地よさそうな表情をしながら腕を掴んできた。無下に振りほどくこともできず、それから就寝した。

 クリスより一足先に起床すると、あまりにも安らかな顔で寝ていたので起こすことできなかった。

「は、はい。……っていうか、すいません! 寝てしまっていて……。あと、鍵は閉めてきたんですけど」

 部屋の鍵を手渡される。

 置き手紙に、玄関の鍵を閉めて持ってきて欲しいと書いていたので、律儀に守ってくれたようだ。

「ああ、ありがと。……それと、そんなに気にしないで――」

 フォローする言葉は、その間があればこその話。

 全ての音をかき消すような――


 爆発音がビルを揺るがす。


 一斉に、客の悲鳴が空気を切り裂く。

 下の階から、爆弾が爆発したとしか思えない轟音が鳴り響く。まるで地震のように床は振動し、あまりの衝撃に視界が明滅する。

 咄嗟にクリスの肩に手を回して、物の落下などから庇い立てするが、どうやら杞憂に終わってくれたらしい。

 可視化範囲の他の客も、ほとんど怪我を負っていないようだ。それでも、心理的ショックが大きいようで、一瞬みんな呆ける。

 そして忘我から立ち戻ると、一気にエレベーターに押し寄せる。

「クリス……クリス!」

 茫然とへたり込んでいたクリスを、怒鳴りながら肩を揺すと、定まっていなかった焦点をこちらに合わせる。

「……は、はい!」

「クリスも、他の客と一緒にエレベーターに乗って下に降りて、外に出たら一目散に警察でも、他人の家でもいいから駆け込んでくれ。分かった?」

 返事を聞く前に立ち去ろうとすると、弱々しく服の裾を掴まれる。

 クリスは恐怖に慄いていた。

「ウォンさんは? ウォンさんはどうするんですか?」

「下の階で何かあったのか確認してから、俺もここから逃げるよ。火の手が回ってたら、消化ぐらいはしておかないとね」

 視線を振りほどくようにして、ウォンは立ち上がる。

「じゃあ、またあとでね」

 偽物の笑顔を顔に貼り付けて、ウォンはエレベーターではなく、階段へと走り向かう。

 ただの事故なのか。

 それともクリスかウォンを狙っている刺客なのか。

 今は憶測の域を出ないが、もしかしたらこれがクリスとの最後の会話になるかも知れない。だから、できるだけ笑顔でいたつもりだった。 

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