Title-12 裸の付き合いはやはりお風呂場で
ポチャン、と天井のタイルから滴が落ちる。
音で我に返ったクリスは、石鹸を泡立たせる。
肢体になじませるように、泡だらけのタオルでゴシゴシとくまなく洗っていく。未発達は身体は小さく、全体を洗うのは、本来だったらそこまで時間がかからない。
だけど、今日は念入りに洗わなくちゃいけない。
――匂ったりしたら。
しかもそれを指摘なんてされた日には、羞恥心のあまり身を捩りかねない。
蛇口を回して、シャワーからお湯を出す。
タオルを水洗いすると、ヘッドの辺りに置く。
湯気が視界を遮る。
目を瞑って、頭上から降り注ぐ熱湯に直立姿勢のまま身を委ねる。
「はー。気持ちいい」
雨で濡れてしまい、身体が冷えてしまっていたから、骨身に沁みる温かさだ。
思わず感嘆の声もでる。
ウォンに、風呂に入るように勧められるがまま、こうしてシャワーを浴びている。
ゆっくりと泡が水と共に流され、きめ細かな肌が露わになっていく。
「ひゃ!」
温かかったお湯が、急に真水に変わる。
一瞬で、身を引く。
故障なのか。
恐る恐る手をシャワーの水につけると、段々と水温が高くなっていく。どうやら、一時的なものだったらしい。
ほっ、と息をついて、またシャワーを浴び始めると、
ガチャ。
と、いやに響く音。
タオルを腰に巻いたウォンが、平然とした顔で浴室に入ってきて唖然とした。
信じられない事態に、腰元当たりで小さく指を差す。
「へ? え? え? ええええええ!」
動揺で、頭が空白で埋まる。
とにかく逃げようと目は固定したまま退くと、石鹸に足を取られて、ひっくり返る。
ザパーン、と波立つ。
溺れそうになる前に湯槽の縁を両手で掴むと、身体を隠すようにして水面から顔を引き上げる。プハッと酸素を求めるようにして口を開ける。
「言い忘れたことがあったんだけどさ。お湯、たまに水になるんだけど、大丈夫だった?」
「へ?」
ポカンと、瞬間的に考えが喪失する。
「……え、ええ。だ……だ、大丈夫でしたよ。驚きましたけど」
「あー、やっぱりなっちゃったんだ。ごめんね、言い忘れてたの思い出したから」
足蹴にしてしまって、凹んでしまった石鹸を拾い上げて、ウォンはタオルに石鹸をなじませていく。
――そ、それっ、わ、私が使ったタオルなんですけど~~~~。
胸中で絶叫するも、聞こえるはずもないウォンは引き締まった身体を洗い出す。
――なんで、出て行かないんですか?
てっきり、シャワーの水温について注意を促すだけで終わるかと思いきや、未だにいる。というか、優雅に洗顔している。
泡と湯気。
たった二つの障害があるだけで、ウォンは無防備。
今にも鼻歌でも歌いそうなぐらい上機嫌で、タオルを肉体に滑らせる。
闖入者であるウォンがあまりにも堂々としているせいで、こちらが恥ずかしい。
凝視しようにも、全身が火照るような恥ずかしさのせいで身動きひとつ取れない。むしろ、自分の肢体が見られることのほうが気がかり。
――変、じゃないよね?
身体を他の女性と比較したことがない。
手の平を押し付ければ、すっぽりと収まってしまう小さな胸。曲線を描く腰周りや、華奢な手足。あまり自信がない。
幻滅されたらどうしよう。
今は、せめて年相応の女の子の身体であることを願うしかない。
「ごめんね。狭い湯槽で。でも、独り暮らしの寮だから、仕方ないよね」
「…………え、はい」
そう言うしかなかった。
身体を洗え終えたらしいウォン。
そう言うと、おもむろに風呂に足をつける。腰部分にはタオルを巻いているとはいえ、どちらも裸どうしだ。
――っていうか、私はタオルもない。
自信のない身体をできるだけ隠すように、両膝をくっつけながら、ウォンが入れるだけのスペースを開ける。
ウォンはゆっくりと入りきると、
「はー、気持ちいいね」
「そ、そうですよね」
もはや会話どころじゃない。
ウォンの指摘したとおり、あまりにも浴槽が狭すぎる。
顔が近すぎて、逸らすしかない。
それどころか、縮こまっているクリスの脚の外側に、ウォンの脚があって、互いの脚の肌と肌が触れ合っている。
ブクブクと、水中に顔を付けると空気の泡を作る。
このまま二人で、ずっと風呂に入るつもりなのだろうか。
だとしたら、茹で上がってしまう。
出ていこうにも、タオルがないからそれも適わない。バッチリと見られたくないところを、ウォンに曝してしまうことになる。
もしかしたら、今日のロッカーで注視していたのを、実は根に持っていて、ここで仕返しをしようとしているのではないだろうか。
だとしたら、ショックで涙がでそうだ。
――あれ、そういえば、ウォンさんの部屋って――
「ウォンさん」
「どうしたの?」
「ベッドって確か一つだけでしたよね。寝る時ってどうするんですか?」
「んー。ベッドはクリスちゃんに使ってもらうとして、俺はどこかそのへんに寝ようかと思っている。だって、俺なんかと一緒に寝たくないでしょ?」
「そんなことないです!」
思わず、大声で反駁の声を上げていた。
風呂の中なので、かなり反響してうるさい。
「そう? じゃあ悪いけど一緒のベッドで眠ってもらうね」
「よ、喜んで!」
声が裏返りながら、自分の思考とはかけ離れた言葉を口走る。
そもそも二人別々に寝ようと提案しようとしたのに、いつの間にかクリスから一緒に寝たいと進言した形になってしまっていた。
どうしてこんなことになったのだろう。
今日は、雷とか関係なく、どっちにしろちゃんと眠れないかもしれない。
そうクリスは思いながら、再び水面に顔をつけてブクブクと泡を発生させた。