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派遣の猟犬  作者: 魔桜
ウォンside
11/32

Title-11 臆病な少女のために嘘つきは嘯く

 音速を凌駕した雷。

 照明弾のように、ウォンの部屋の中まで強烈な光を放つ。

 一瞬、目の前が真っ白になる。

 それから、少しのタイムラグの後に、こちらに全くの遠慮もなく轟音を立てる。

 かなり近くに落ちたと思われる雷は、ビリビリとガラス窓が震えるほどだ。未だに降りしきる雨と相まって、どうやら今夜は健やかな眠りにつけるのは期待できそうにない。

 木張りのフローリング。

 タンスやベッド、テーブルといった、生活で最低限度のものは最初から備え付けられていた。蛍光灯やカーテンを買ったぐらいで、あとは殺風景なものだ。

 ――我ながら、寂しい部屋だ。

 来客のこない、独り暮らしだから、ここまで必要がないのだ。

 質素な生活を送っているが、どうせここに長居はできない。ならば、必要以上のものを持っていても、つまらない想いを残すだけだ。

 そうやって転々と場所を移ってきた。

 そういう生き方をしてきた。

 今更思うことなど何もない。

 ウォンは、無表情を貫くようにして台所に立つ。

 ジャー、と、蛇口を捻ると、水を垂れ流しにする。

 スポンジを数度ポシュポシュと泡立たせる。

 充分に洗剤が含まれていることを確認すると、泡だらけのスポンジを使って、回すようにして皿を洗う。

 エル・ドラドでは、客に料理も振舞う。

 接客がメインなのは女性で、男性店員は主にキッチンが担当となる。ウォンも料理を作る。といっても、入って半年そこらじゃ簡単な料理しか担当できない。

 ウォンの人生において、独りの時間というのは決して短くない。自然と料理の腕もついてくるのだが、それを遺憾なく発揮できないのは口惜しい。

 だが、まかないがでるのは素直に嬉しいし、余った料理や客が残した料理は家に持って帰ることができるのは、男性店員の役得だ。

 家に帰宅するとなると、流石に一から作る気力がない。

 今日も作り置きのやつを、フライパンで炒めただけの夕餉の献立となった。

 一人分の料理というものは、意外に面倒なのだ。料が微妙だから、材料を使い切ることができずに、腐らせたりするから、夕飯は豪華なディナーというわけにはいかない。

 どうせなら、もう一人同居人がいれば……そうすれば、多少はちゃんとした料理メニューを考え――


 コンコン。


 と、弱々しくドアがノックされる。

 ちょうどいいタイミングで皿を洗い終わった。

 キュキュと、小気味いい音をさせると、蛇口をキツめに閉める。

 パッパッと皿の水切りをすると、手を清潔な布巾で水分を拭い取る。

 はて、一体誰だろう。

 雨雲のせいで、外は真っ暗。

 時間帯は視覚では感じ取りづらいが、相当な夜更けであることは体内時計が告げている。時計が狂っていないとしたら、常識に欠ける客人のようだ。

 腕時計は、テーブルの上。

 皿洗いに邪魔だからだと、外しておいたのだった。

 掛け時計ぐらいは、やはり購入しておいた方がいいのかもしれない。

「宗教の勧誘か新聞の契約じゃありませんように……」

 わりと本音に近いことを独りごちていると、再度ノック音が部屋に響く。

 はい、とせっかちな客がノックしてくるのを牽制しつつ、玄関先に急ぐ。どちら様ですか、と訪ねるのも面倒だったので、そのまま開く。

 だが、そこには誰もいなかった。

 ――なんだ、ただの悪戯か。

 そう思って、視線を引き下げると、そこには掛け布団を頭の上にかけているクリスが立っていた。

 まるで、マシュマロみたいだ。

「どうしたの?」

「その……実は……眠れなくて……ですね」

 もじもじしながら、恥ずかしそうに俯く。

 外には、未だに帯電している雲が浮かんでいる。

「……もしかして、雷が怖いの?」

「ま、まさか、そんな訳ないじゃないですか。雷のせいで眠れなくて、泣きそうになって、それでウォンさんを頼ろうとしたなんて、そんな――」

 大気を切り裂く稲光。

 眩しい光と共に訪れた不意打ちの雷音に、絶叫を上げながら抱きついていくる。

 その拍子に、綺麗な金髪の髪を滑るようして、布団がずり落ち脱皮する。

 寝巻き姿のクリスは、瞳を潤ませながら縋るようにしてこちらを見上げてくる。

 それから自分の態勢に気づくと、パッと両腕を離す。

 石鹸の残り香が、鼻腔に漂う。

 一瞬味わった温もりは、未だに残っている。

「や、やっぱりいいです。私、自分の部屋に帰りますね。お騒がせしてすいません。おやすみなさい」

 無理をしているのなんて、見え見えだ。

 それでもここで呼び止めてしまっていいのか逡巡する。

 本当に独りで大丈夫で、なおかつそうしたいとクリスがそう思っているかも知れない。

 だから、今やろうとしていることは、彼女にとって迷惑になる可能性がある。

 だったら、何もしない方がいい。

 だが――たった一瞬だ。

 チラリとこちらを一瞥するように振り向くクリスを見て、ウォンは意を決した。

 いや、思考するよりも先に、手を伸ばしていた。

 背を見せていたクリスは、いきなり腕を掴まれて蹈鞴を踏む。

 ウォンの靴を誤って踏んでしまいながら倒れこんできたので、クッション変わりになりながら抱きすくめる。

 お腹のあたりに髪の毛がさわさわと触れて、擽ったい。

 押しのけようとして触ったその髪は、玄関先の廊下にまで入ってきた雨によって濡れそぼっている。

 手がクリスの小さい耳に当たってしまい、ひゃっ、と声を上げる。ウォンは感電したかのように手を振り上げると、今度は頭頂部に手を置く。

「実は、俺雷怖いんだよね。だから、今夜は一緒に眠ってくれると嬉しいんだけど。……それに、濡れちゃってるから、お風呂入らないとね」

 飄々と嘯く。

 ――だって、嘘でもつかないと。

 手が頭に触れているから、震えているのが分かってしまった。

 雷のせいで、きっと怯えているだろうから、優しく艶やかな髪をすく。

 どうか、安心して欲しい。

 今、この時だけは。

 そして、小さくも明瞭な声で、クリスは呟く。

「……はい」

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