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派遣の猟犬  作者: 魔桜
『創造主』side
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Title-01 焼け野原で破壊の創造主は佇む

 灼熱の業火が大地を奔る。

 何処其処で炎の柱が渦巻く。

 バキッバキッと醜い断末魔を虚空に響かせると、轟々と燃え盛りながら針葉樹は倒壊する。消し炭に変わり果てた樹は焦げ臭く、灰が中空を舞っている。

 糸のように細い黒煙は天蓋へとゆるゆると登っていき、白い雲を思う存分蹂躙していく。そうして爆煙と混ざり合い、小汚い鼠色となりつつある雲は、抜けるような青い大空を覆い尽くそうとしていた。

 悲哀に満ちた蒼穹の下。

 新緑豊潤な森が陳列していたここら一帯の区域も、半日も立たずに見るも無残な焼け野原となってしまっていた。

 立派な建造物だった実験施設は、今や原型を留めずに木っ端微塵。

 前世は施設だったコンクリート片や、黒くて光沢のある重火器といった物騒なものが、破壊の炎を纏いながらゴロゴロと転がっている。

 そんな爆心地のような地獄絵図で、独りの女が我が物顔で闊歩する。

 後ろで適当に結っている長い髪の前髪は、女の痩せている顔の輪郭をなぞるようにして垂れている。

 猫背気味に腰を窮屈そうに折りながら、膝上のミニスカートを前後左右に揺らしている。

 口にはガムをクチャクチャと含んでいて、時折無駄に綺麗な球体を作っている。

 服装は外行きの格好で、人の往来がある街中を歩いていても特にこれといった不自然さはない。

 薔薇のような色をしている真紅のパーカーを、シャツの上から適当に羽織っている。

 どう考えても場違いとしか思えない彼女の歩いてきた後には、爆発による犠牲の山が築かれている。そんな惨状を背景にしながらも、顔面を接着剤でコーティングされているかのように、女は眉すらピクリとも動かない。心は微動だにしないまま、静寂を保ったままだ。

 破壊された建物の瓦礫や、意識の混濁している人間といった障害物が多い中、能面の表情を貼り付けている女は、慣れた様子でつまずくことなく進んでいく。

 不意に、突風が吹き荒れる。

 埃や、微量な塵芥が一斉にブワッと総身に奇襲をかけてくる。

 パン、と膨らませていたガムが破れると、訝しげな顔しながら女は顎を引き上げる。

 邪魔者は、武装ヘリだ。

 バババ、と数枚のプロペラが空気を裂くような音を伴いながら、機関銃を装備したヘリが高度を下げてきた。

 確実に少女を仕留めるために、銃口の照準は固定されている。機動力のあるヘリを相手に、生身の人間が逃げる間などない。

 ヘリは地面スレスレを這うように滑空しながら、銃撃の雨を容赦なく降らせる。

 女は蜂の巣になる。

 体内を巡っていた血液の全てを、バケツをひっくり返したように地面にブチ撒けられた。壊れたマリオネットのように少女は身体の自由を失い、重力に従って崩れ落ちる。横たわった少女の血染めの器官が露わになるグロテスクな光景が広がる。

 ――と、なるはずだった。

 砂塵となったコンクリートと、霧がかっていた土煙が晴れていく。そこには、平然とした顔で立っている少女の姿があった。

 数え切れない幾多の銃弾は、底なし沼のような少女の肌に突き刺さっていたまま停止していた。

 ズブズブとスルー再生のように押し戻されると、銃弾は一発残らず地面に落ちる。年輪のように何重にも輪を作っていた銃痕は、肌と肌が粘土のようにピタピタとくっつくと、綺麗さっぱり跡形もなく消える。

 操縦者がその一部始終を観て動揺したのか、グラリとヘリが一瞬墜落するかのように傾く。やがて思い出したかのように、次の銃撃に移ろうと移動を開始する。


 ヘリが空中で爆ぜた。


 女は一瞬、虚をつかれて眼を見開いた。

 バラバラに分解されたヘリの部品が、隕石のように落下してくる。そして女の頬を、高速回転したプロペラが掠める。

 一歩間違えれば断頭台に掛けられた首のように、根元からバッサリ。胴体と永遠の別れを告げた後に、ボトリ、と林檎が樹木から落下するかのように、万有引力の証明をしていただろう。

 だが、避ける挙動を一切見せないまま、氷点下の視線でヘリを破壊した者へと視線を横にスライドさせる。

「大丈夫でしたか? 『創造主』の姐さん。結構ピンチぽかったんで、自己判断で助太刀したんですが……もしかしなくても余計なお世話でした?」

 男の口調を軽妙だが、それ以上に思考も軽くて単調だった。

 まだ顔には苦労の跡がないかのように、童顔で、どこか無邪気さを残す。年齢は16歳前後だと言われても驚かないぐらいには、幼くて少し女々しさを感じる。きっと、女性によっては魅力的だと発言しそうな、中性的な顔貌だろう。

 耳には二匹の蛇が互いに身体を呑み込んでいる状態を模した、円を描くピアスをしていて、『創造主』とは趣味が合いそうにない。

 柔和な笑顔を保ってはいるが、双眸には人間というよりは野性の獰猛な動物を思わせるような鈍い光が宿っている。

 スラリとした長身をしていて、無駄な肉付きが少なく全体的なフォルムはほっそりとしている。

 ひょいひょいと身軽に跳躍しながら、瓦礫の山を降りてくる。地面から足が離れる度に、大量の小銭が擦れるような音がする。

「……敬語……使えたんだな」

 ガムをその場で吐かずに咀嚼すると、嗄れた音声を発する。

 数日ぶりに声を放った気がする。

 控えめに言っても、他人と関わることががあまり得意ではない『創造主』は憮然とする。雑談は好きではない。それが、仕事に直接関与しないどうでもいいことならばより一層臨むべきことではない。

 プライベートでは一切口を開かずに寡黙を貫いているのだが、仕事中だけは好き嫌いの信条を守りぬくわけにもいかない。

「そりゃあ、俺だって自分よりも傭兵としての能力値が高い、尊敬すべき人には使いますよ。あそこまで死にかけたのは、今まで生きてきてそうなかったですからね」

 以前、といっても、脳内の記憶が色褪せるほどの過去の出来事ではない。

 宛もなく方々へ我が会社に入社しないかスカウトの交渉をしていた時に、男とは初めて邂逅した。

 出会った瞬間、眼前の男がいきなり戦闘を挑んできたので、『創造主』が返り討ちにした。それ以来、姐さんと慕ってくる、扱いに困る大した跳ねっ返りだ。

 入社するように交渉する手間は省けたのだが、こうして話し相手として白羽の矢が立ってしまったのが、面倒だというのが本音だ。

 新人社員が任務についた時には、万全を期して世話係が一人付いていなければならない。今回の戦闘も本来ならば『創造主』がサポートに回り、《ハデス》の社員としての経験を踏ませるはずだった。

 だが男は、『創造主』に遠慮しサポートをしていただけだった。

 本来ならば、好戦的な性格的にも、男の能力的にも、単独行動をさせたほうが真価を発揮するタイプなのかもしれない。

 前線に出てこられると、男の能力に巻き込まれる。それで防御力の高い『創造主』が補助につく予定が、これじゃあ効率が悪いどころの話じゃない。次回の任務では、お互いに分かれて戦闘を行った方がいい。

 今回の任務は小国の実験施設を全壊させるという、比較的難易度が低いものだった武装ヘリという想定外の妨害があったが、あの程度の武力はものの数にも入らない。

 目に映る全ての敵を殲滅したが『創造主』達は、施設の詳細は聞かされていなかったが、いつものことだ。ただ上から出される命令に従事していれば、生きていくのに不憫はない。

 『創造主』に理念などない。

 いや、《ハデス》に入社したほとんどの人間は、思想を持ち合わせるだけの余裕を持ち合わせている者はいないだろう。常人を遥かに超えた力を手にしてから、殺伐とした生き方を選ばざるを得なかった。

 だが、『創造主』はこういう生き方は嫌いではない。

 何も考えずに、ただノルマを達成するだけの人生。

 自分の能力を充分に発揮でき、高めることができる。

 そして、労働に見合った報酬を受け取る。

 退屈な事務仕事なんかとは違って刺激があって、やりがいのある仕事だ。ただそれだけのことで、どこか空虚に胸が空いている感じがする。何かが満たされない気がするが、そんな曖昧な感情に答えを出せるわけもない。

 戦って、倒して、壊して。

 その作業を繰り返して、空洞を埋めるために尽力することでしか『創造主』は刹那の満足を得ることができなくなった。そのせいで、更なる渇きが待っていると分かっていながらも、ブレーキの壊れた車のように突っ込んでいくしかない。

 そうして、立ち止まることなく目の前に敷いてあった道を進んでいたら、いつの間にか隣には誰もいなくなっていた。後ろを振り返っても、誰も追いついてこれなくなっていた。

 いや、一人だけいる。

 競い合えるだけの実力を誇る人間が、周囲にたった一人だけ。そいつとは、長い間ずっと会えていない。連絡もとっていない。一体、何をしているのだろうか。

「……お前が負けたのは、単純に……弱いだけだ」

 アッハハハッ、と男は愉快そうに笑う。

 辛辣な言葉を吐いて突き放したつもりだったが、どうも冗談だと取られたらしい。

 口数が少なく、表情に乏しいため、『創造主』の心情は誤解されることがしばしばある。

 否定するのも億劫で口を挟まないのが、謝った認識をされてしまう最大の要因なのだろうけれど。

「そういえば、あの『冥府の猟犬』とやらと『創造主』の姐さんのどっちが強いんですか?」

「……さあな」

 『冥府の猟犬』は傭兵派遣機関ハデスの中でも屈指の実力者だ。

 醜悪な性格とは裏腹に、任務に対する取り組みは忠実で『社長』のお気に入り。だから大きな失敗をしたとしても軽い罰則で許されるし、行動の自由がきく。

 その強さと『社長』の贔屓のせいで、一部の社員のやっかみの対象になっている。それすらも『社長』が仕組んでいることだろうが、そのことには被害を受けている当の本人が知るところではないだろう。

 そもそもどちらが上かなんてどうでもいい。

 個人の勝敗にこだわるところは、見た目通りまだまだ未熟といったところか。

 組織に属する以上、個々ではなく集団の勝利が優先される。

 だから、各個人の力量差などさしたる問題ではない。

 ……だが、まあ、わざわざ手合わせをしなくとも、こちらに軍配が上がるのは明白だが。

 『創造主』が脳内で『冥府の猟犬』と仮想戦闘を巡らせていると、機械的な振動音が発せられる。

 ポケットに突っ込んでいる手には、なんの感触もないから自分ではないようだ。

 男がポケットの中から最新鋭の情報端末機器を取り出す。カシャカシャと数度可変させると、フックを耳に掛ける。

 十中八九『社長』からの電話だ。

 任務の達成の成否を聴きたかったのだろう。

 それから数度会話を交わすのを聴くと、『社長』が通信通話をしてきた理由が、それだけではないのがなんとなく男の発した言葉でわかった。

 男は情報端末機器を懐に収めると、

「任務だそうです。至急、カートリアへ増援に向かえとのことらしいですよ」

「……カートリア?」

 思わず聞き返す。

「そうです。噂をすればなんとやらで、『冥府の猟犬』の今の派遣先だったはずです。勿論、監視対象も一緒にいるそうです。そしてその監視対象者が危険だとこちらが判断した場合、その対象を――」

「……始末……か……」

 隠すこともなく、男は殺戮者の笑みを浮かべる。

 どんな状況下であろうと、血の雨を降らせるつもりに違いない。

 そのついでに、『冥府の猟犬』と衝突するつもりだろうが、面倒くさがり屋の『創造主』は静止するつもりは毛頭なかった。

 男の能力値を図るのには丁度いい機会ではあるし、興味がないと言えば嘘になるからだ。


 『冥府の猟犬』と派遣会社期待の新星たる『流星』の、いったいどちらが強いのかが。

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