一枚先のそこに触れたかった。
「おお〜、中谷海智じゃないですか、あれ」
内原先生が職員室の窓から外を見て言う。
秋の日の少し肌寒い午後。まだ4時前だというのに空は少し赤みを帯びてきている。
「やけに外がうるさいと思ったら。ほら、小嶋先生、見てくださいあれ、中谷が連れてる女の子、小嶋先生のクラスの子じゃないですか?」
40過ぎても独身のセクハラおやじ、お気に入りの先生のクラスの生徒全員把握ですか。
いつもならそう呆れていたけれど、今日に限ってはそんな風には思えなかった。
「そうですねぇ」
「ほら、なんて言いましたっけ、小林……」
「内原先生、よくお覚えで」
小嶋先生が皮肉を含んだ優しい微笑みを返す。が、内原先生はその皮肉には全く気付いていないようだ。
「中谷、今度こそ長続きしてくれるといいんだけどな。あいつが恋愛ごとで動くと周りの女子がキャーキャーうるさいんだよなぁ」
ついには返事すらしなくなる小嶋先生。冷たい対応すら許されるほどのルックスを持って生まれるのもそれはそれで大変なことがあるんだろうか、なんて考える。考えて、気を紛らわせる。
『ほら、なんて言いましたっけ、小林……』
内原先生の声が頭の中で何度もなんども繰り返される。
ほら、なんて言いましたっけ、小林……ほら、なんて言いましたっけ、小林……なんて、言いましたっけ、小林、小林、小林、小林、小林、こばやしごはやしこばやしこばやしこばやしごはやしこばやしこばやし________
鹿乃さん。
あぁ、ほんとうに。
ほんとうに、きっともう彼女が僕の元に帰ってくることは、ないのでしょう。
帰ってくるなんて言い方だって、そもそもおかしいんだ。彼女は、わたしのものでなんてなかった。わたしが、ひとりで舞い上がり思い上がりひとりよがりな気持ちを押しつけていただけなのだから。
いやでも入ってくる、うわさ。学校で人気者の男子と、鹿乃さんのうわさ。
ふたりを、駅前のケーキ屋さんで見かけたとか。手をつないで映画館に入って行ったとか。お昼ご飯をいつも一緒に食べているとか。
中谷海智にとって彼女が5人目の彼女であることとか。あたし、付き合って3ヶ月目で海智の家行ったけど、…………だとか。だからきっとあの子もすぐ、…………だとか。
ああ。
子どもみたいなうわさに、心を乱さらて、ばかみたいだ。
そんなところで彼女を独占したかったなんて思うなんて、ばかみたいだ。最低だ。
でも、考えてしまう。
あのときわたしが触れた唇は、もうすでに一度誰かのものになっていた唇だったのだろうか。
あの薄い布を一枚隔てた先の彼女に触れたことのある人がいるのだろうか。すぐにでも、触れられてしまうのだろうか。どうしてわたしは触れられなかったのだろうか。
彼女の頭には今、わたしの貸した本のことなど、少しもないのだろう。
本を貸したことで少しでも自分のことを考えてくれたら、そう思っていた自分がすごくばからしく思えるくらい、鹿乃さんの隣にいる男子は、わたしよりずっと、確実な方法で彼女に近づいていた。
なんだかんだ見てくれてる人がいる…ありがたい…あまりにもPV数が一定なので、もしかして同じ人が見にきてくれていたり…?と思っているのですが、どうなのでしょうか…。
ハッピーエンドにするか、バッドエンドにするか、迷っております。




