第七話《Evil Arm》(1)
寮の学食で俺達はいつものように話しをしながら、夕食を食べている。
「さすがに心配になってくるな」
レティがその姿を表さなくなってからもう一週間以上が経つ。
教室にいるのかと、遥々未分類型の教室から近接型の教室まで出向いたが、レティはここ一週間学園を休んでいるとか。
レティのルームメイトとやらに何か知らないか聞いたが、返ってきたのは『どこにいるのかすら知らない』だった。
「まさかレティは君翼が求婚を断り続けるあまり引き込もってしまったとか」
「千鶴、冗談でもそんな事は言わない」
「むぅ、しかしそれほど心配する事はあるまい。私の所見ではあるが、そこまで柔な奴でもないだろう」
「それには同意するが……」
なんたって、レティは俺なんかよりずっと凄い奴だからな。
休んでいるのは何かの病気ではなくて、もっと大切な理由があるように思える。
あくまで思う、だけどな。
「大きな怪我をしたという事はどうだ」
「いや、違うらしい。ルームメイトも知らない理由での欠席なんだ。単なる怪我ならルームメイトが知らない筈がないぜ」
魔女の事について話をしてそれぞれの寮へと別れた後、何があったのだろう。
少なくとも、俺が最後に見たレティのどこにも欠席しそうな雰囲気はなかった。
気付かなかっただけという可能性は捨てきれないが。
「怪しいわね」
「うん、怪しい」
「何が怪しいんだ?」
夕火とセレスが何やら真剣な表情で呟いていた。
「だってそうでしょ。一緒にいるなんて言っておきながら、最近はまったく顔を見せない」
「これは、何かある」
二人になにやらオーラが見える。
お前らの方がよっぽど怪しいぞ。
何かある、とは俺も思っている。けど、その何かがわからないから心配で仕方がない。
「レティの家の住所ってどこなのかな?」
「まさか行く気か?」
「いやぁ、心配だし? まだレティがいないってんなら行ってみても……」
「その必要は無いよ」
『!?』
突然聞こえた声に、俺達は一斉に振り返る。
そこには見覚えのある顔が、レティがいた。
久しぶりに見たレティはどこか険しい雰囲気を醸し出している。
そして何よりも目を引かれたのが、レティの左腕から手先にかけて巻かれた包帯である。
この一週間ちょっとの間に何があったのかと考えさせられるそれは、無造作に巻かれているせいか妙に痛々しい。
「レティ、お前……」
「あ、これ? うん、ちょっと山籠りみたいな事を」
「山籠り!?」
「いや、ちょっとレティ。その包帯は洒落にならないぞ」
その腕が何なのか、俺にはわかる気がした。
レティは魔女の家系の長女。
ルームメイトもしらない理由で休んでいた期間で腕に何かあったと言うなら、それは多分……
「お前まさか、その腕……?」
「ちょっと、熊に襲われてね」
嘘だ。あくまでも山籠りの設定で貫きたいようだ。
レティの目が訴えている。
内密にしてほしいと。
俺だってレティ以外の皆に右目の事を隠している訳だから、わからなくもないが。
「レティ、後で話がある」
「うん、いいよ。じゃあまた迎えに行くね」
「いや、いい」
「そう? じゃ、またね」
少し残念そうにしながらレティは去っていった。
その後ろ姿が力無く見えるのはやはり左腕のせいか。
「君翼」
セレスが袖を引っ張ってくる。
「ん、何?」
「話って何?」
セレスだけでなく、夕火、千鶴、駿までもが俺の事を見つめている。
「少なくとも、お前達が思っているような事じゃない」
どうせ、俺がレティの求婚を受けるなどと思っているのだろう。
それは絶対にない。
『…………(じー)』
「あー、もう。違うっての!」
深夜。ちょうど俺が始めてレティと会った時間帯。
場所も同じで、未分類型寮の屋上である。
あの日も、月が大きく見えていた気がする。
「君翼君♪」
背後でレティの声がする。
その声にはハリがあり、夕食を食べていた時のような力無さは感じられない。
「もう腕は大丈夫なのか?」
「やっぱり、わかっちゃったんだね」
「当たり前だろ。まったく、どれだけ心配したかと……」
「嬉しい、心配してくれてたんだ」
いや、嬉しがる所じゃない。
俺の勘が正しければ、レティの左腕は黒の魔女の腕だという事なのだから。
「これで、君翼君とお揃いだよ」
「お揃いって何だよ」
「いずれこうなる訳だったし、ずっと前から受け継ぐ準備はできてた」
何でそんな顔ができる?
心底そう思った。
レティは初めて会った時から見た事も無い程清々しそうにしている。
理解できない。
「何がしたいんだ、レティ」
「えっと、強いて言うなら君翼君とのペアルック? 眼帯じゃないけどね」
レティは本気で嬉しそうに笑った。
しかし、その笑顔の中に無理している彼女が見えてしまう。
「何もペアルックじゃない。なに考えてんだよ!」
「酷いね、君翼君。僕は魔女の娘なんだから、いずれはこの腕も受け継がなきゃならない。でないと黒魔女の復活を許してしまうから」
レティの左腕は魔女の『自分か相手が倒れるまで戦い続ける腕』だとすると、その力を完全に制御しない限り、何か争いをする度にレティの腕は戦い続ける事になる。
同時にそれは片方の死を意味する。
腕の力の発動条件は分からないが、自分か相手が倒れるまでとある以上、戦闘中である事に間違いはない。
俺の右目の呪いで、レティの腕の呪いが俺に移ったりしないだろうか。
無理だな。この目はそんなに万能じゃない。
「まだ夫じゃない君翼君が気にする事じゃないよ。それとも、気にしてくれるって事は求婚を受けてくれるの?」
「それはない。だけどな────」
「うーん、残念だなぁ。ま、淡白な君翼君をその気にさせるにはもうちょっと骨が折れるかなぁ」
「話を聞けよっ」
つい、声を荒げてしまう。
「そんな、怒んないでよ。僕は君翼君と同じになりたかっただけ」
同じなんて事はない。
レティは俺なんかよりずっとすごい奴じゃないか。
秀でてるのはもちろん、魔宝具無しでの魔法の行使だし、魔女についての知識は俺は何も知らなかった。
去年まで俺は魔法の事すら何も知らなかった、ただの男子だった。
「どうしてそこまで……」
「それは、君翼君を振り向かせる為なんだって」
その時、レティの右手が左腕を押さえた。
左腕が不自然に蠢く。
レティの表情は険しい物となり、歯を食い縛る。
「レティ、大丈夫かっ?」
慌てて駆け寄ろうとする俺を、レティは首を振って止める。
「ごめんね。まだ慣れてなくて、少し苛立ちを覚えただけでも『怒り』と判断して勝手に動いちゃうみたいなんだ」
心配させないようにして無理に笑っているのがはっきりとわかる。
でも、俺にはどうする事もできない。
そんな自分に苛立ちを覚える。
俺の場合は眼帯をしてしまえば人を見る事はないから解決しても、レティの腕はそうはいかないようだ。
誰であろうと、少しの苛立ち……つまり怒りに発展する感情に反応してしまうとなると、これはどうしようも無くなってしまう。
これを封じるには自分の感情をごまかして生きるしかない。
それは間違いなく、力を得るために苦しみを味わう事になる。
それを黒の魔女は自らやったという事なのか。
「……えいっ!」
バコンッ、とレティが足元を殴り付けた。
すると左腕は勝手に動き出さなくなったようだが、代わりに物凄く痛そうだ。
「いてて。これは早く慣れないとね」
「そんな事してたら、お前の腕が壊れちまうぞ……」
「だから慣れなきゃいけないでしょ?」
自分の感情を誤魔化すのは、相当大変な事だと俺は知っている。
実際、眼帯をするまではずっとそうやってなるべく他人に危害を加えないようにしていたんだからな。
結果、必要以外に話さなくなった。
その代わり、嫌がらせや面倒な絡み事も無かったが、それでも感情を全開にできないというのは辛い。
それをレティはまだ知らないんだ。
高校生活はこれから色んな事があると思う。
青春という掛替えの無い時間を、自分を隠して過ごしていくなんて拷問だ。
「レティ……」
だからと言って、俺の気持ちは揺らがない。
誰かの為の恋愛なんて御免だ。
俺にとってこれは最早、葛藤ではない。
どちらも譲れない物だから。
「止めて、君翼君。僕は別に君に同情してほしくてこの腕を受け入れた訳じゃないんだから」
レティが俯いて左腕を押さえた。
これは慎重に進めなくてはならないな。
と、そこでレティがすぐに顔を上げた。
その目には涙が滲む。
「僕はね、君翼君が本当に好きだから……。少しでも君の事を分かってあげられたらって思ったんだ」
涙声を押さえようとするも、どうにもならない悲しみの粒は目尻から溢れ、落ちる。
「でも、これってかなり辛いね。ますます君翼君が遠く見えちゃうよ」
口を開いて『そんな事は無い』と言おうとするも、声が出なかった。
それを言ってどうする気なんだ、と気づいたからだ。
「君翼君は本っ当にだってわかっちゃったから。腕を受け入れた瞬間はとっても大変だったんだ。でも君翼君の事を思って落ち着かせる事には成功したんだけど、いざ君の前になると気持ちが高ぶっていけない」
泣きながら、それを誤魔化そうと作り笑いをするレティ。
それを見て心が痛んだ。
「多分、この後は少ないと思うけどさ。君翼君は本当に求婚を受けてくれないの?」
振りたくなる首を、俺は縦に振った。
「そうか……」
レティが俯いて、左腕を押さえた。
でも何もしていないのにそれは収まった。
「君翼君、今月のゴールデンウィーク前の日曜日あるよね?」
「お、おう」
「その日の午後六時、ここの闘技場を貸しきりで予約しておいたから絶対に来てね。魔宝具を持って」
魔宝具を持って、という事は戦う気なのか?
「でないと、僕。この左腕を押さえられなくなっちゃうと思うから」
「わ、わかった」
「うん。ありがと」
そうして、レティは俺の方を振り返る事無く去った。
レティの姿が屋上から消えてから、俺は後悔した。
あのレティと戦う? そんな事ができるはずがない。
しかし、行かなければレティは際限無く暴れてしまうだろう。
彼女の気持ちは本物だったのに、彼女の想いは大きかったのに、それを受け止められなかったのは俺の存在があまりにも小さかったからだ。
「畜生がぁ……」




