第六話《Propose》(4)
どうやら俺の右目は、ある程度深い事情まで掘り下げて考えると痛みで警告するようだ。
単に右目の有無についてを考える分には何事もないが、レティと話をしていた時のように、右目が誰の物だったかを考えると警告を鳴らすようだ。
その証拠に、こんな事を考えている今も少し痛い。
考えがまだ浅いからなのか、レティと話をしている時の激痛は『これより深くを探ろうとすればもっと痛い目に会うぞ』という脅迫だったのか。
そう仮定すると、この右目の呪いは黒の魔女の呪いで、激痛もその一部になる。
と、少し痛みが強くなった。
どうやら正解のようだ。
「どうしたの、君翼?」
また顔に出てしまったか、セレスが顔を覗き込んできた。
痛みがあるなら表情に出てしまうのも当然か。
心配そうにするセレスを俺は「大丈夫だ」と返す。
セレスだけじゃない。
千鶴も駿も夕火も、皆して俺の事を心配そうに見ていた。
「やっぱりレティの事か?」
話し出したのは千鶴だった。
「いや、別にそーゆーのじゃない」
「何か、しかめっ面をしていたようだが」
「成績アップの方法を探してた」
適当に答えても、千鶴は納得しない様子だった。
流石に皆に右目の事は教えられない。
どこまで隠し通せるか分からないが、皆鋭い勘の持ち主だ。
俺なんか最近は回りが理解できてないのに。
「畜生、魔女の息子だからと……」
「別に魔女の息子だからと言って、特別凄い事なんてひとつもないぞ、駿」
「だからこそ、だ。まぁ、いきなり結婚してくれはないと思うがな」
「ははは、一目惚れって怖いよな!」
「嫌み臭ぇな……くそっ、見てろよ。俺だっていい人見つけてやるからな」
駿は青春してるんだなぁと思う。
それに関しては俺は冷めているのか?
そんな事は無い筈だ。
俺だって健全な日本男子だからな。
「しかし、行動を共にする。などと言っていたが、夕火のように寮までは押し掛けてこないのだな」
「押し掛けるなんて言わないでよ、ただ未分類型寮の学食で夕食を食べてるだけよ」
「遠距離型寮にもあるだろうが」
「えっと、その……遠距離型寮とここじゃ味がちがうのよ!」
絶対に嘘だ。
夕火の誤魔化すような乾いた笑いがそれを確信させる。
いまだにレティが来ないのは遠いからという事がありそうだ。
レティの住む近接型寮は、未分類型寮から見て遠距離型寮の向こう側。
未分類型寮と遠距離型寮との間には防御型寮があるのだから、四つ並んだ寮の、未分類型寮と近接型寮は端と端になり、最も遠い場所に位置する。
「夕火は素直なのか違うのか分からないな。君翼も君翼だが……まったく」
千鶴が最後の方で何か呟いたが、よく聞こえなかった。
なんだろう、呆れられてる?
「でも、夕火の時みたいに何もアクションが起きねぇな。君翼、何も隠してないよな?」
「隠すも何も、知られたくないなら初めから俺はお前達にこんな話なんかしねぇよ」
ラブレターの件が知られた以上、どうにでもなれだ。
誤魔化すなら、求婚の事もただ告白されたにすれば話はそれで終わりだったし、どちらにしろ俺の選択は『ノー』以外になかった。
「さほど互いの寮との距離が近いという訳でもない夕火でさえ、来ているというのに」
「悪かったわね。そうよ、私は押し掛けてきました。押し掛け夕火さんですよーだ」
夕火が拗ねてしまった。
……なんだよ、押し掛け夕火さんって。
「レティの性格は私にはよく分からないが、あっちもこのままでは進展が無い事は分かっているだろうな」
「千鶴ぅ、何か対抗策は無いか?」
「何で迎撃するみたいになってんだよ……」
駿の言う通り、最早レティという使徒を迎撃するつもりで挑まないと、授業中に感じる視線は無くならない。
最近では『観察』よりも『愛し』の視線が感じる。
ピンク色の視線が。
「……君翼」
と、セレスが袖を引っ張ってきた。
「ん、何?」
「私が迎撃するっ」と、力強く拳を握った。
『えっ』
駿が言った事を真に受けてやがる。
そう駿に視線を投げたが、すぐに目を反らされた。
「落ち着け、セレス。今のは例え話だし、レティを迎撃するのはあくまで俺の……」
「援護は任せて」
「だから違うって」
「…………?」
そこでキョトンとするな!
なんだ、本当にセレスがわからないぞ。
「セレスさんは何のテレビに影響されたんだ……」
「恐らくあれが地だろうな」
セレスとは違って二人は援護してくれないものか。
「大丈夫、俺が求婚を断るのは必須だ。まだ未分類型クラスの寮にいるから」
「レティの場合は婚約したからって寮が変わるわけではないのだけど……」
夕火も援護をする気が無いなら黙っていてほしい。
うまく言葉が出ないだけで、別に間違った訳じゃないからな!
セレスの頭に手をのせると、夕火の方から嫌な視線が突き刺さる。
援護しない奴なんて知らないぞ、構うもんか。
「ぅ…………」
セレスが嬉しそうに目を細める。
この時間だけは癒されるんだ……。
「やっぱりセレスさんって猫なんだね」
「それって、君翼君には恋愛感情が無いって事?」
「あくまでペットなのだろうな」
「君翼君ってそういう傾向の持ち主?」
「知るかよ……」
外野は本当に黙っていてほしい。
「ぅ……んん…………」
部屋に戻っても、セレスの猫モードがなおらないでいた。
シャワーを浴びた後、ベッドに座れば膝の上に頭をのせてくる。
可愛いからいいけど、誰か突っ込まなくていいのか。
むしろこの状況では俺が突っ込まなければいけないのか?
「セレス、いつまでも猫モードだと尻尾が生えるぞ」
ぎゅっ、とセレスが袖を掴んできた。
もっと構ってくれと言わんばかりに寝っ転がる。
最近レティの件で構ってやれなかったから、寂しいのだろうか。
これでは猫ではなくて兎だ。
猫セレスではなく、兎セレスにクラスチェンジか?
「君翼は、結婚ってどう思ってるの?」
「セレスまで何を……」
何を言ってるんだ、と言いかけて止めた。
セレスの猫モードはいつの間にかなおっている。
起き上がってセレスは返答を待っている。
「前に言ったろ、俺にはよくわからねぇんだ。まだ恋もした事ないし……」
「そうなの?」
「俺にモテる要素があるか?」
「頼れる所とか……」
「そんな事だったら他にもいるだろ。それに俺はこの学園の事を知る前はただの中学生だった。魔法も知らない、普通の男子生徒だったんだ」
一つ一つ、昔の事を思い出しながら話していく。
「むしろモテるどころか、この眼帯で中二病だの一つ眼だの、虐められた方が多かったくらいだ」
「でも、恋をしたいとは思わなかったの?」
「そんなどこかの本のタイトルみたいな事はない」
中二病でもねぇし。
それはもう、小学生の頃の虐めは酷かった。
右目のせいで不運に見回れ、俺の事を悪魔だというやつもいたし。
靴を隠したり、机に落書きなどは無かったが、その代わり俺は孤立していた。
「あぁ、そう言えば……」
一人、ふと思った。
俺の右目が呪いによる物なら、この学園に来たら同類がいるかもしれない。そう思っていたんだ。
「君翼?」
「ん、なんだ。セレス」
「なんか、清々しそうな顔してる」
同類なんていそうにもないけど、今は誰も右目の事を知らないし気にしない。
普通の人間とは違う彼らにとって、異形の物には慣れているのかもしれない。
「何でもないよ」
「…………?」
レティはまだ違うらしいけど、もしかしたら他の魔法学園の魔女やその子供が、俺と同類かもしれない。
そう思うだけでも心が軽くなるし、今は普通に接してくれる友がいる。
「さて、寝るか!」
日付がもうすぐ変わりそうだ。
明日も魔宝具の訓練が続く。
他にもやらなくちゃならない事がある。
「き、君翼?」
ゆっくりと体を横に倒した。
すると、セレスの体と密着した形になり、セレスの体温が俺の眠気を誘う。
「明日は、また……くん、れん……が…………」
間もなく、俺は眠りの淵へと沈んでいった。




