第四話《Battle Royal》(5)☆
「後……せいに…………ば」
「そ……すか」
途切れ途切れに声が聞こえる。
目の前が何も見えない。
眠っているのだろうか。
いつベッドに入ったっけ?
だとするとこの声はセレス……と、もう一人は誰だろう。
「……ん」
「ん、起きた?」
目を開き、視界が徐々に戻っていくと、夕焼けの中セレスが俺の事を覗き込んでいるのが見えた。
「意識は戻ったみたいだね。でも骨は折れてるから、あんまし動いちゃダメだよ?」
もう一人の声の方に向くと、白衣を来た女の人がいた。つまり女医だ。
この状況から推測するに、俺は何か怪我をしてしまったのだろう。
つか、今女医さんが骨が折れてるって言ってたじゃないか。
「じゃあ、セレスティアさん。私ちょっと出てくるから、見ててもらっていい?」
「あ、はい。ありがとうございます」
ペコリとセレスが頭を下げると、女医さんは手を振りながら部屋を出ていった。
「セレス……」
「ここは保健室。君翼が屋上から落ちたって、橘さんから連絡があったの」
む、質問を先回りされてしまった。
まぁ、初めに聞く事と言ったら、それなんだけどさ。
って俺、屋上から落ちたんだっけ?
「あ~……、思い出した」
遥に突き落とされて、落ちて、気を失って。
「生きてたのか……」
思い出してからの第一声が『生きてたのか』はどうかと思うが、実際にそう思っただけなのだから仕方がない。
「魔宝具が体を強化してくれてたお陰だって。それに一度木に引っ掛かって、落ちた時の衝撃がそれほど強くなかったんだって」
「……なるほどな~」
「後、残念な報告だけど」
セレスが言いにくそうに、俺から目を反らす。
「君翼を探しに行った後、近接型クラスが攻めてきて……負けちゃった」
「ごめんな。俺のせいで……」
「ううん、君翼のせいじゃないよ。皆でぞろぞろと行ったのが悪いんだし」
「そ、そうか……」
そりゃ、見つかるだろ。
そう、心の中で呟いただけで留めておく。
皆俺の事を心配して来てくれたんだし。
せっかくの気遣いを否定したくない。
「そうか、負けちゃったか。……実はな、セレス」
「何?」
大変言いにくい為、俺もセレスから顔を背ける。
「夕火との勝負……負けちまった」
「…………っ」
セレスが俺の手を握ってきた。
俺はそれに答えるようにして、やや強めに握り返してやる。
「ごめんな。負けちまって」
その時、遥が乱入してきた事は言わないでおいた方がいいだろうか。
そもそも遥はどこに行ったのだろう。
あの後、屋上にいたのは遥と……
「そんな事無いわよ、バカ」
「え?」
やや聞き覚えのある声は夕火の物だった。
女医さんが出ていった後に入ってきたのか、カーテンを大きく開いて登場してきた。
その顔は夕焼けのせいにしては、やけに赤っぽく見える。
「私は一度、貴方に負けてるんだから」
「どういう事だ?」
「踏み込みが甘いのよ。右目が見えないからかしらね」
「右目……あ…………」
言われて右目に手を当てる。
遥と戦ってる最中に外れた眼帯は、しっかりと俺の右目に当てられていた。
「先に駆けつけた理事長がね、右目だけは絶対に見ないでって、言ってたから深くは聞かないけど……」
そうだな。夕火の為にも、自分の為にも。
この右目の事は秘密にしておいた方がいい。
思い返せば、実の息子の体に面白半分でこんな危険な代物を埋め込む親がどこにいる?
何かきっと理由があるんだろう。
親父は自作の『呪の刻印』なんて言っていたけど、只のオカルトマニアにそんな代物が作れる筈がない。
少なくとも、その場に誰か魔法使いがいただろう。
そして、その確率が最も高いのが母さんだ。
俺が質問した時の親父は、右目の事を誤魔化していたんだと思う。
そうするだけの何かがこの右目にある。
きっと今はどちらに聞いてもダメだ。
それでも、意図的にやった以上、いつかその理由を聞かされる筈。
ならそれまで俺は待とう。
「そうだな。見ない方がいい」
「そうそう、私のロケットを拾ってくれてありがとう」
ふと、思い出したように言い出す。
俺はポケットをまさぐるが、その前に夕火の方が持っていた。
「……気にすんな」
「でも、金具が外れて壊れちゃったわ」
「本当か!? ごめん」
落ちた衝撃によるものか、金具がグニャリと曲がって折れ、真っ二つになってしまっている。
「これ、けっこう高いのよねぇ」
「高いってどれくらいだ? 万か? 億か?」
今の俺に払える……訳ねぇよなぁ。
「いいわよ別に。私が負けたら貴方の言う事を聞いてあげるって言ったでしょ? だからこの弁償をしないでいいって事にしてあげる」
「そ、そうか……?」
「そんな事より」
「「……………………え?」」
突然、夕火が抱き付いてきた。
その事に俺とセレスは呆気に取られて言葉を失ってしまう。
しかし夕火はもぞもぞと動き、抱き締める動作をしながら、俺に耳打ちをしてきた。
「あの遥って子の事は、先生方と私と貴方の秘密にしておけって理事長が言ってたわ」
俺はそれに対して小さく頷いた。
「そして、これは単なる『お礼』」
次の瞬間、俺の顔の目の前に夕火の顔があった。
軽くでも、頬にでもなく。唇に、直接。
キスをされた。
「…………なっ」
「貴方が落ちたとき、胸ポケットにあったこれを守るようにして、倒れてたって聞いたから、ね?」
「いや、……『ね?』って言われても」
実際、落ちた瞬間の記憶はあるが、地面に激突した記憶はない。
恐らく無意識下での行動なんだろう。
ロケットが他人の大事な物であると知っていた俺は、無意識下でそれを壊れないように守っていた。
結局壊れてしまっていたが。
「初めて……が…………」
「あら? ならお互い様ね」
夕火の顔が先程よりも赤くなっているのが見える。
恥ずかしそうに視線を彷徨わせている夕火が、ちょっと可愛く思えた。
「……いやいや」
夕火は未分類型クラスの事を弱小だと言った奴だぞと心の中で繰り返すと、同時に勝負に勝って見返してやったじゃないかと思ってしまう。
まぁ、何と言うか……その…………。
「まぁ、いいや」
「よ、よくないよ!」
「セレス!?」
いつまでも俺の肩に手をかけている夕火を、セレスが強引に引き剥がす。
「セレスティアさん、君翼君は初めてだったそうだけど?」
「あ、当たり前だと思うよ!?」
「ふふん、そうね。そして、その後の事は早い者勝ちだと私は思うわ」
「……~っ!?」
「どういう事かわからんが、セレスの方が正しいと俺は思う」
「まったく、その優しさが憎たらしいわ」
「は? 何でだよ」
「ここからは大人の領域です」
「いや、俺もお前達も高一だろうが……」
「いいのよ。まだ気づかない方がいいと思うわ」
夕火に聞いても答えてくれなそうだ。
もしかしたら、ロケットを壊した事を根に持ってるんじゃないだろうな。
「どういう事か説明してくれよ、セレス」
「君翼はまだ知らなくていい」
「え、何? お前ら喧嘩してたんじゃないの?」
『君翼(君)には関係ない!』
「…………ちぇ」
喧嘩してるかと思えば、息をぴったり合わせやがって。
いつか探り当ててやるからな。
「お、君翼が起きたのか?」
扉を開けて、千鶴と駿が部屋に入ってくる。
「おぉ、千鶴。この二人の会話を翻訳してくれないか?」
「そんな物を翻訳させるなんて……君翼はバカなのか?」
「おう、女心という教科は苦手科目のようだ」
「なら、お前に恋愛をする資格は無ぁぁぁぁい!」
「うっせ! 駿には聞いてねぇよ!」
「何でだよ! 俺にも話させろよ!」
「じゃあ何だよ」
「え、えぇ? あぁ……とぉ」
「考え纏めてから言えや!」
クラス対抗バトルロイヤルが終結した日の夜。
蒼陣魔法学園の地下に投獄された異端者、最乃見 遥の元に音も無く一人の人物がやって来た。
「起きてる?」
「やっと来た。身体中に偽弾撃たれて痛いのなんのって」
「ほら、鎮痛剤」
毒づく遥にその人物は無造作に注射器を放り投げた。
遥はそれを待ってましたと言わんばかりに、自らの腕に刺す。
「まったく、何なのかしらね。あの右目は」
「右目?」
「そうよ。あんたは見てないの?」
「見てる暇なんて無かったわ」
「あの右目、ただの邪視じゃないよ」
「邪視……?」
「そう、邪視。何だかよくわからないけど、ヤバい物に変わりないね」
「…………まさか」
「ん、何よ」
「いいえ。何でもないわ」
「そんな事より早く出してよ。まだやる事あるんだから」
「そうね、あると言えばあるし。無いと言えば無いわ」
「何それ。チェシャ猫? まぁ、あんたにはピッタリね。媚び売りまくりの二面性猫」
少しだけ間が開くが、表情は変わらない人物。
変わらないというよりもむしろ、初めか無表情の方が正しいだろう。
「……誰にでも二面性は存在するのよ」
「そう。そしてその二面の違いがあんたの場合、物凄いのよね」
「……そうね」
「言い返して来ないなんて珍しいね」
「ええ。返すまでも無いんですもの」
「どういう事? …………まさかっ」
遥の顔が一気に青く冷めていく。
「ご察しの通り。鎮痛剤に魔法をかけさせてもらったわ。眼が覚めたら貴女は普通の高校生。私からの慈愛に満ちた新しい人生という名の贈り物よ。上からの命令だし、貴女を助ける余裕なんてないの。……じゃ」
「ちょっと! 待ってよ! 待てって言ってんでしょうがぁ!!」
遥の腹のそこからの怒声は誰の気を集めるでもなく、空しく蒼陣魔法学園の地下に響いた。
第四話(5)で、第一章を終了するつもりでした。
しかし、千鶴の立場をどうしようかな、と考えていて…………その結果、本日の正午に『~第一章を閉める話~』を投稿しようと思っています。
よかったら、そちらの方も読んでください。




