第三話《Machine gun girl》(2)
屋上には誰もおらず、風が強く吹いている。
どうせなら教室でセレス達と食べたかった。
作戦の件もあるし。
「さ、交渉の事だけど……」
いつ交渉したんだか。
「俺のメリットは何なんだよ」
「来週、クラス対抗バトルロイヤルがあるでしょ?」
夕火はビシッと俺の事を指差す。
いちいち、偉そうな感じが鼻にさわる。
「魔女の息子である貴方にこんな下らない敗北なんて経験をさせないであげるって事」
「敗北?」
「あら、知らないの? 内の遠距離型クラスの人数はざっと180。それに比べて未分類型クラスは50もいないでしょ?」
「だからどうした?」
「勝ち目なんて無いわ。防御型クラスも近接型クラスはもっと多いし。未分類型の魔法具は種類が少ないから、人も集まらない。いくら個々の能力が高くても、この条件では数が物を言うわよ」
その通り、未分類型クラスは35。他のクラスは400人以上。
計算すれば一人が10人以上を倒さなければいけない。
まさに圧倒的な力が無ければ不可能に近い条件だ。
まったく、E○Sの襲来か何かか?
しかし、これは未分類型クラスVS他クラス連合の状態だ。
バトルロイヤルなのだから自分のクラスメイト以外は全員敵。
つまり、他で潰し合ってくれれば、その分俺達が戦う人数も減るという訳だ。
「さあ、はやくしないと昼休みが終わっちゃうわよ?」
「なら、そのパン寄越せ! って、何お前もう食ってんの!?」
「……もはもは(ほらほら)」
早くろと言わんばかりに、俺の目の前で特大パンを揺らして見せる。
見せつけやがって、畜生が。
「さぁ、どうする?」
「……うぐぐ」
「ってか、こんなんで悩むなんて。貴方どれだけ安いのよ」
「うっせ、俺が狙ってたパンを買い占めやがって」
「買い占めてないわよ。もともと時間を取らせたお詫びとして買っておいた物だし」
「なら、くれよ!」
目の前で揺れるパンを奪おうと手を伸ばすが、それに気づいた夕火がパンをひょいと動かす。
ムカついた、絶対奪ってやる。
「そりゃ」
「ふんっ」
「そのっ」
「さっ」
「りゃー」
「ほいっ」
「畜生ぉぉぉ!!」
まったく掠りもしないだと!?
まるで動きが読まれているかのように、夕火はひょいひょいとパンを逃がす。
そうか、ならその腕の動きを止めてやればいいじゃないか。
「うぉぉぉ!!」
「ちょっ、えっ!?」
再びパン目掛けて突っ込んで来ると思ったのか、パンを逃がすも、俺の手はしっかりと夕火の二の腕を掴む。
感想…………や、柔らかい。
女の子の胸はその人の二の腕と同じ柔らかさだとか。
だが、今気にすべきはパンだ。
腕だろうが、胸だろうが構わん。
俺が求めているのはパンの生地の柔らかさだ!
「ちょっと、痛い!」
「放せこのっ、パンを寄越せ!」
もみ合ってる内にパンが見えなくなり、それでも夕火の腕を辿ってパンを探す。
「あ、もうっ、嫌だ……」
俺の手がようやくパンを掴んだ。
さて、それがどちらのパンか。
休み時間の終わりが近づいている。
もうどちらでも良かった。
「あっ」
くそっ、夕火が掴んでいるのか離れねぇ。
「い、痛い痛い!」
「は、痛い? こっちは腹が減って仕方ないわ!」
「そ、そうじゃなくて。それパンじゃない」
「何をバカな……」
落ち着いてみれば、パンにしては柔らかい。
そう、まだ二の腕を掴んでいるのかと思える感触……つまり。
「なんて大きい焼きそばパンだ……」
「だからパンじゃないわよ!」
「なら、本物を渡せ!」
「なら、遠距離型クラスに……」
「やだ!」
「即答……」
ふざけるのはここまでにして、二人とも立ち上がる。
夕火の大きなパンを掴んでしまった事もあり、気まずい空気が流れる。
「…………」
夕火は頬を朱色に染めて、腕で自分の胸を隠している。
なんか同じ光景を見た事があるような。
「…………」
思い出したぞ、セレスだ。
セレスとの朝の一件以来、目を反らすようになった。
その時のセレスの頬も赤くなっていたな。
まさか、そんな事あるわけないよな。
俺が触ったのはあくまで腹。胸じゃない……はず。
「…………っ」
夕火が何かを言いかけ、すぐに口ごもる。
その間が、余計に気まずくさせる。
「な、なぁ。話を戻すけどさぁ」
「……うん」
「お前のメリットは何なんだ?」
「え、そんなの。貴方がクラスにいる事よ」
「はっ?」
ただいるだけが、メリットになるとはどういう状況なんだ?
「自分の立場を理解してる?」
よく分からない奴だ。
魔女の息子、理事長の息子、異端者。
それ以外に何かあるか?
「わからないなら、知る必要は無いわ。別に貴方がどうこうするわけでもないし」
「楽そうだけど、それはそれで嫌だな。知らない内に利用されてるようで」
「考えてみなさいよ。小なチーム一つが大きなチーム三つに勝てると思う?」
「そこは作戦次第だな」
「そうかしら。知らないようだけど、今までに未分類型クラスが優勝したのは二桁を数える程もないのよ?」
「知ってる」
「なら、勝率で分かる筈よ? いいから未分類型なんて弱小なチームにいないで遠距離型クラスに来なさいよ」
「一度ならず、二度までも……」
俺は『弱小』という単語が二度も出てきた所にカチンと来た。
過去の未分類型クラスがどんだけ弱かったなんて知るか。
でも俺たちは、35人……少なければ5人という人数で、真剣に四百を越える相手に対抗しようと作戦を考えたいたんだ。
「クラス対抗で負けようが、俺にはどうだっていい。でも未分類型クラスを侮辱するのは許さねぇ」
「な、何よ」
「いいか? クラス対抗で午後四時にここに来い。お前と一騎討ちで勝負してやる。お前だけは絶対に俺の手だけで叩き潰すから」
「はぁ? 何言ってんのよ。私は……」
「それまでどちらかが生き残れなかったら、不戦勝。生き残れたら時間が来ると同時に勝負してやるよ」
俺の頭は沸騰寸前だ。
どうにか理性を保てているが、腹が空いて気が立っているのだろうか。
さっきから夕火相手にタンカきっていても、目線はしっかりと夕火が持っているパンを捉えている。
くそっ、それに気付いたから余計に腹か立ってきた。
何で俺がこんな目にあわなくちゃいけないんだ。
「コイン一個の容赦もしてやらねぇから、覚悟しろよ?」
「何だかよく分からないけど、私が勝ったら遠距離型クラスに入ってくれる、と取っていいのかしら?」
「おぅ。その代わり、俺が勝ったら……勝ったら…………」
《キンコンカコーン》
「あ……」
俺が勝った時の条件を考えていると、遂に昼休みが終わってしまった。
結局、一方的な交渉はギリギリ終わらず、俺は昼飯を食いそびれてしまったのだ。
「また来るわ。はい、これあげる」
夕火は俺に少し形が崩れてしまったパンを手渡すと、俺に背を向ける。
しかし、夕火はドアノブに手をかけた瞬間に歩みを止めた。
くるりと振り返り、「ふふっ」と意味深な笑みを浮かべた後、早足で去っていった。
また来ると言っていたが、できればもう会いたくない。