第二話《Devil boy》(5)
「君翼…………」
「な、何だよ」
「こんな時間まで千鶴と何してたの?」
千鶴と共に教室に戻ると、既にHRも終わっていた。
教室には誰もおらず、仕方なく寮に帰った。
そして、寮の食堂に来た後にこの状況である。
何故かセレスがご立腹だ。
「何って、ペナルティでグラウンドをずっと走ってただけだよ」
「それにしては遅いと思う」
「何周あったと思ってんだよ……」
「そうだぞ、セレスティア。八月朔日とは何も無かった。少し話はしたがな」
「君翼が千鶴をおんぶしてたって聞いた」
「だ、誰がそんな事を!?」
俺よりも先に千鶴が反応する。
急に立ち上がるなよ。味噌汁がこぼれちゃったじゃないか。
「…………(じとー)」
「何もなかったって。で、作戦会議なんだろ、千鶴?」
「そうだな。えー、未分類型クラスの戦力の少なさを知ってもなお、この会議に参加してくれた事をありがたく思う。八月朔日、セレスティア、遥、駿」
「ルームメイトを放っては置けないよ、チヅちゃん!」
「俺はやるなら勝ちたいだけだ」
相変わらず遥はテンションが高いし、駿は俺に敵意を見せている。
自分が断ったら四人の内、男は俺だけ。
そんな羨ましい事認めないぞ! とでも思ってるんじゃないだろうな?
「クラス対抗戦が行われる場所はこの学園の敷地内全てだそうだ。時間は午後1時から午後5時。一つのクラスだけが残るか、時間切れになった時の各クラスの撃破率で勝負が決まる。残念な事に未分類型クラスの生徒の殆どが戦意を失っている。そこで、私達五人だけでも他のクラスに対抗するため、作戦を立てようと思う」
『わー、ぱちぱちー』
「ここに、この学園の地図がある。私達が拠点とするのは未分類型クラスの教室だ。そこで、敵を少しずつ誘い出して、集中的に叩く作戦にしようと私は考えている。その作戦に適しているのがこの場所だ」
そう言って千鶴が指差したのは屋上に続く階段だった。
「屋上に陣取るのか?」
「いや、誰かに囮になってもらう事になるが、こう狭い所なら大勢は入れない。特に階段だから退路は自分達の後ろにしかない。しかも大勢で攻め込んでくればつっかえて退きずらくなる」
確かに有効な作戦かもしれない。
だが、この作戦は近接型の部隊に対してしか、有効に機能しないだろう。
「それだと遠距離型の武器や防御型の部隊にはあまり良くない」
と、セレスも同じ事を考えていたようだ。
セレスは紙とペンを取りだし、なにやら図を描いていく。
「遠距離武器に対抗するなら、学食のテーブルでバリケードを作ればいいと思う。学食なら入り口は一つしかないし……」
「だとすると、あとは防御型か……。そうだ、バリケードの形を変えて、全方向から攻撃が可能な形にすればいいじゃん」
駿がセレスからペンを借り、その図に手を加えていく。
互いの意見を出し合い、作戦は段々としっかりとした物になっていく。
だが、個々の体力の事を考えると、人数が足りないという結論に辿り着いてしまう。
さて、そろそろか。
学食で迎え撃つのは変わらず、相手が大勢いるという事を踏まえて、バリケードの形を変えた。
「なぁ、皆。俺の話を聞いてくれ」
人数が足りないなら、一人で複数の人数分頑張るなんて、無茶はできない。
なら、人数を増やせばいい。
「この作戦はクラス全員でやろう!」
どーん、と言ってやった。
案の定、皆唖然として俺を見ている。
「君翼、お前話を聞いてたのか?」
「おぅ、聞いてたぞ」
「なら、分かるだろ? 皆やる気が無いから参加しないんだ」
駿が呆れたように言うと、他の皆も白い目で俺を見てくる。
「ふふふ、これほど自分の立場を誇りに思った事はないな」
不敵に笑う俺を皆は『おかしい奴』のように遠ざけて見ている。
もったいぶるのはもういいか。
「俺が魔女の息子だという立場を振りかざして、クラスの生徒達に希望を見せてやるんだ」
振りかざす、と言うとあまり良い意味に聞こえないな。
なんと言うか、こう……ヒーロー的存在が必要なんだ。
巨大な敵を前にして、自分達の味方をしてくれる強い味方が。
強い、と言うと俺には当てはまらないかもしれない。
でも、魔女の息子と呼ばれるだけで、そこにカリスマが生まれる。
偽物だってそこにあるのは変わりないのだから、良いじゃないか。
「確かに皆、勝ち目が無いから参加しないのかもしれない。だからやる気がおきないのか……」
「でもそう上手くいく?」
「だから、協力してくれ。四人とも!」
「いいけど……まず何するの?」
「そうだなぁ……まず、サクラだな!」
「初めからひでぇな」
駿の言葉に他三人が同意して、うんうんと頷く。
サクラはそんなにいけないことか?
ラジオなどの第一回目のお便りは捏造だって話を聞いたが……いけない事なのか!?
「ま、まず俺が皆に向かって呼びかけるんだ。『俺を誰だと思っている?』って」
「…………(じとー)」
くっ、四人の視線が痛いぜ。
でも負けられるか。計四百以上の敵に立ち向かうには少しでも多くの仲間が欲しい。
「そこで誰かがサクラをしてくれればいい。一度皆を盛り上げてしまえば、後は勢いだっ」
「なんの根拠も無い思い付きだね!」
「それくらいしか思い付かない程、俺はバカなんだよ」
それより、遥は嬉しそうにするな。
結構深刻な問題だぞ。
「それで失敗した時はどうするんだ?」
「そりゃあ、五人で頑張るしかないな。そうならない為に、……駿!」
「え、俺?」
「熱しやすいという特徴を持った男子を、お前が一番目のサクラとして盛り上げてくれ!」
「いいけどさぁ。それで盛り上がらなかったら、俺ただの痛い人じゃんか」
「じゃあ失敗したら、昼飯奢ってやる」
「安いっ! そんなんで痛い人というレッテルを貼られた人の気が済むとでも?」
「じゃあ何だったらいいんだよ」
「……部屋を俺と変われ」
「それは、嫌……かな?」
「がーん、がーん、がーん、…………」
駿がセレスの言葉に打ち拉がれて、元気を失ってしまった。
がーん、と自分で言いながらとは。
「大丈夫か、駿?」
「それは嫌かな、それは嫌かな、それは嫌かな……」
ダメだ。完全に目が死んでる。
しばらく放っておけば回復するだろうか?
「でも君翼君、失敗したら君翼君まで変なレッテル貼られちゃうよ?」
「承知の上さ。たとえ『自分が魔女の息子だから凄いと思っている勘違い野郎』とかレッテルを貼られても、耐える自信がある」
「気にしないって訳じゃないんだね」
当たり前じゃないか?
自分に変なイメージを持たれて、周りからの視線が変わって気にしない訳ないじゃないか。
「で、サクラの次は?」
「そうだなぁ……うーん、…………」
「思い付かないのかよっ!」
突っ込みをする為だけに駿が復活し、すぐに元に戻ってしまう。
突っ込みにどこまで執念を燃やしているんだか。
「まぁ、皆がそれに乗ってくれればいい」
「まぁ、そうだろうと思った」
「自分一人だけだてのは恥ずかしいし……」
「おぉー、さすが魔女の息子。汚い」
「どこが汚いって? 自分の最善を尽くそうと言ってるだけじゃないか」
地位が高いなら、その地位による権力を存分に振り回してやればいい。
それが地位の特権だ。
「じゃあ、人数が35人の時の戦術も考えておかなければならないな」
と、千鶴をリーダー(のよう)にした作戦会議はさらに加速する。
俺は千鶴のそんな姿を見て『千鶴は頭良いよな』と思っていた。
戦術は千鶴達に任せても問題ないかもしれない。