第二話《Devil boy》(3)
「八月朔日っ、その話はいいだろう!」
「君翼、最低」
「君翼ぇ! 千鶴と何を話してたぁ!」
「何って、胸を…………っ!?」
胸が小さいから揉んで大きくする、と言おうとした所で千鶴から『言うな』の念が来ていることがハッキリとわかった。
「胸を、何だ?」
「む、胸が……大きい方が好きか、小さい方が好きかって話、いてぇ!」
「八月朔日ぃ! お前と言う奴はぁ、何で気にしている事を言うんだぁ!」
泣きながら千鶴が俺の事を叩いた後、胸ぐらを掴んで前後に揺らす。
あぁ、やめろ。それ以上やると気持ち悪くなって……
「うえっぷ……」
「はっ……。大丈夫か、八月朔日!」
「気持ち悪ぃ」
視界がぐるぐると回って、今にも吐きそうだ。
「何をやっている、お前達」
と、俺達の騒ぎに気付いた荒垣先生が登場。
「どうした、八月朔日? 具合が悪いのか?」
ゆっくりと頷いてみる。
保健室行きてぇ。でもこれから魔宝具の訓練があるのになぁ。
「まだ大丈夫です。行けます」
「行けるって何処へだ? 天国か?」
「いつの間に俺は生と死の狭間にいたんですか」
「具合が悪いなら保健室に言った方がいい。ほら、立て」
「本当に大丈夫ですから」
すくっ、と立ち上がって問題ない事を示す。
さっき千鶴と話したばかりじゃないか。
たかが気持ちが悪いだけで、魔宝具の訓練が受けられないなんて俺は嫌だ。
「そうか。でも、あんまり無理するんじゃないぞ?」
「はい、わかりました」
そして、先生は俺の頭を軽く叩いて他の生徒の方に行ってしまう。
その後すぐにセレスが駆け寄ってきた。
「本当に大丈夫? 顔が赤いよ?」
「なんて事ないさ」
顔が赤いのはセレスが俺の背中に倒れ込んできたから。
背中に柔らかい物が押し付けられていた。
オブラートに包んで見たが、あまり意味無いな。
『巨』とは言わないけど『貧』って訳でもないよな。
ほどほどだけど、柔らかい事に代わりはない。
「ん、どうしたの。君翼?」
「こらっ」
がつん、と千鶴に脳天を殴られる。
わかってる。セレスの胸を見ていたのは悪かったと思っている。
だが、何故千鶴が怒るんだ。
「君翼って、えっちだね」
「今度はセレス!?」
「君翼君ってえっちなの~?」
む、このテンションは!?
「セレスちゃんだけでなく、チヅちゃんにまでなんて。手が早いね!」
「だから……、手なんて出してないっての」
それにしても一晩しかたってないのに、随分と久しぶりな感じだ。
「遥、どこに行ってたんだ。着替えてから見当たらなくなってたが?」
確かに千鶴の言う通りかもしれない。
着替えに行く前から遥の姿を見ていなかった気がする。
「普通に授業に参加してたよ~? 皆より走るのが遅かったけどね!」
「の、わりには汗かいてないんだな」
「うん、歩いてたからね!」
ちゃんと走れよ。
「私は元々体力あるからね。この程度の距離じゃジョギングレベルだよ!」
凄いな。10キロのジョギングって。
もしかしたら、千鶴よりも身体能力が高いんじゃないのか?
「それより私は魔宝具の方が気になっちゃって~」
そう言えばそうだ。
俺も早くやりたくて仕方がない。
「私が走ってたの結構後ろだったからもうすぐ終わると思うけど?」
「それでは皆集まれぇ!」
遥が荒垣先生の方を振り返った瞬間、集合がかかる。
「お前達の中には知っている奴もいると思うが、来週にクラス対抗バトルロイヤルをする事になっている。毎年行われている行事で、生徒達の魔宝具の取り扱い基礎テストという面目だ。しかし、残念ながらクラス対抗と言っても、このバトルロイヤルは極めてアンフェアな行事だ。と言うのも、未分類型クラスの人数が極端に少ないからだ。だが諦めるな! やる前から諦めていたら、魔宝具の変化はないぞ!」
その通りだ。
負けしか見えない勝負なんて俺は嫌だね。
千鶴は言っていた。
『未分類型クラスが優勝した事はまず無いそうだ』
一度も無いとは言ってないじゃないか!
「でも先生。数が少ない方は、数が多い方に圧倒されてしまいますよ?」
誰かがそう言うと、先生は「ふはははっ」と笑い出す。
「そこだ。そこなのだよ!」
「何がですか?」
「お前達の相手は二年生じゃない。同じ一年だ。だから魔宝具の取り扱いもド素人。なので、未分類型クラスはこれから対抗戦まで、魔宝具の取り扱い訓練を重点的に行うので、そのつもりで」
『えぇ~』
全員が一斉に嫌そうな声を出す。
何が不満だと言うんだ?
他のクラスより数段上手くなれるのに。
「何でだ?」
「私に聞くな」
千鶴も知らないか。
「セレスは?」
「何となくしか」
セレスもだめ。
「しゅ……遥は?」
「皆、疲れたくないんだよ」
「おい、何で俺を飛ばした?」
「じゃあ、駿は?」
「え? ……わかんない」
「そう言うと思ったからだ」
「読心術だと!?」
んなもんできねぇよ。
と、心の中で呟きながら先生の話を聞く。
「という訳で、さっそくお前達には魔宝具を出してもらうぞ」
『はーい』
皆、本当にやる気が出てないな。
……あれ、魔宝具ってどうやった出すんだ?
「どうした、八月朔日。魔宝具の出し方がわからないのか?」
「す、すいません」
「心の中で呼べ。お前の魔宝具を」
心の中で呼べと言われてもな。
えっと、来いっ……《変形型》!
すると、掌から光の粒が溢れだし、瞬く間に武器の形を成す。
「ほぅ、これが《変形型》か……」
先生が物珍しそうに、俺の魔宝具を眺める。
「何々、八月朔日の魔宝具?」
「え~、嘘~。見たい見た~い」
と、回りの生徒達が集まってくる。
「なぁ、八月朔日。その魔宝具って銃の形にもなるんだろ? 見せてくれよ」
「おぅ、いいぜ」
魔宝具を出すのも、心の中で呼んだんだ。
《変形》だって、呼べばいいんじゃないか?
「《変形》!」
すると、魔宝具の長大な刀身が根本を中心にクルッと、回転して後ろ向きになり、刀身があった場所に銃身が突き出す。
『おぉー』と、回りが感嘆の声をあげた。
この《変形型》が俺の魔力の波長とやらを感知した結果だと言うなら、何か法則のような物があるのだろうか?
「ほら、お前達。さっさと準備をせんか!」
先生が声をあげ、群がっていた生徒達が渋々と散っていく。
「ほぅ、それがお前の魔宝具か」
後から千鶴が自分の魔宝具を担ぎながらやってくる。
確か《蛇腹刀》だったか。
刀身が普通の刀より長く、一見しただけではそれだけにしか見えない。
「ふむ、確かに異端者だと言われるだけの事はある」
「そう言う千鶴だってその刀、随分長いじゃないか」
「そんな事、魔宝具ではよくある事だ」
他のを見た事は無いが、千鶴が言うのならそうなのだろう。
「君翼。見てっ」
「ん、セレスか」
子供のように魔宝具を持って駆け寄ってくる。
「こらっ、ブーメランを振り回すな」
「あ、ごめん」
恥ずかしそうにブーメランを振り上げるのをやめて、俺の様子を伺ってくる。
「よしよし」
優しく頭を撫でてやると、「えへへ」笑うセレス。
あれ、なんか変な視線を感じる。
「…………(じー)」
「な、なんだよ。千鶴」
「八月朔日は何だ。セレスティアの父親か? それとも飼い主か?」
「か、飼い主!?」
相部屋になってからセレスが子猫に見えて仕方がなかったので、つい『飼い主』という言葉に過剰に反応してしまう。
「どうした、図星か?」
「そ、そんな事ねぇよ」
「飼い主……」
「お前もそこに反応するな、セレス!」
「わ、私は別に……それでも」
最後の方が口ごもって聞こえなかったが、体を震わせている。
怒鳴って怖がらせてしまったか?
「ほぅ……一晩でそこまで仲良くなれるとは。やはり何かあったのだな」
「またそれかよ。しつけぇな!」
「君翼ぇ!」
「うわっ、駿!?」
「やっぱり何かあったんだな!」
「地獄耳か、お前は!」