Darker and Darker
頭が痛い。
目を醒ますと必ずと言ってもいいぐらいに頭痛を起こすのをどうにかしたいが、これはどうやら、生きている証のようだ。
何故、私は生きている。
何故、私はこの世界を嘆きながらも生きている。
何故、私は刺激を求めていたはずなのに、平穏な暮らしを平然とのうのうと過ごし続けている。
何故、この地球にこの部屋に、私は存在している。
何故、退屈な日々を送らなければならないのだ。
刺激を求めていたこの私が、何の刺激もなく、平然と会社に通勤し、平穏を保ちながら電車で帰宅して、明日の準備をするだけで一日が終わるなどという何も無い生活を強いられなければならんのだ。
どこで歯車がずれたのか、どこで道を間違えたのか、所詮この私はそれほどの人間、価値だったのか、刺激を求めるなどというのはただの高望みであったのか。
休日になると、この先の未来を考えて、絶望の淵を彷徨ってしまう。
深遠を彷徨うのは終わりにして、闇を抱えている理由に迫らなければなるまい。
驚かれるのはあまり好きではないので、驚くことなかれ。
結論から言うと、私は過去に人を殺している。それも複数。
説明するのには、深く過去を掘り下げなければならない。
当時、二十三歳にして、辿り着いた答えは『刺激を追い求めると、死に通ずる』であった。
それは、今まで痒いところに手が届かなかったのに、簡単なまでに届いてしまったような感覚である。
五年も前の話だが私の記憶が正しければ、雪のように白い肌をしていた彼女の首に手を掛けてそのまま命を奪ったはずである。
あの時の温もりと冷えた体の感覚は未だに忘れられない。
あれから五年間、手が震えるようなことが多々ある。詳しくは分からないがそれは殺人衝動などと呼ばれているやつなのだろう。
「人を殺せば(その際に相手が抵抗してきて)自分も死ねる」と思っていたのに、一年また一年が過ぎ、初めての殺人から既にもう五年が経つではないか。
どの女性も抵抗して来なかったし、してこないのならば、自殺をすればよかろう、と考えてはみたが、手を掛けている最中の温もりと、命が終わった後の冷たさを一時間ほど感じている内にいつの間にか、平常心を保っているのだ。
だから、今もこうして普通に生きている。
平凡で平穏に生活を送っているこの私ではあるが、色恋がめっきりない訳ではない。
全くそのような気配がなければ、過去に複数の女性を手に掛けられないからだ。
五年前、上司に合同コンパなるものに誘われたことから全ては始まった。
上司との関係が面倒臭くなるのは、刺激を求める私としてもよろしくないので、断れる訳もなく仕方なく参加したのである。
面倒くさい流れになってしまうのをこの世で一番嫌うので、それだけはご勘弁願いたいのだ。
毎回断ってしまうと、何をしているのか不思議がられる可能性が高くなるので、干渉を苦手とする私はそれだけは避けなければならない。
何一つ乗り気でなかったので、現場に着いても終始暇そうな顔をしていたのだが、何故か喰い付かれてしまった。
それが全ての始まりであり、終わりである。
「どうしてムスっとした顔をしているの?」
それがファーストコンタクトであり、ワーストコンタクトである。
これは今でも変わらないのだが、当時からずっとムスっとした顔で暇そうに酒を呑むだけ呑んで、基本的に言葉を発しないでいたのである。
こちとら話しかけないでくれないかオーラを身に纏っていたのに、それなのに、理想はいつも違って現実は常に非情なようであった。
コールにレスポンスは常識らしいので、あちら側からのコールにはレスポンスをしなければ成り立たないようである。
何とまあ、面倒くさい制度を作ったモノだ!
当たり障りのないあまり広げられるようなこともない会話をシミュレーションして、それを実行する。
「どうしてムスっとした表情で黙り込んでいるの?
貴方はそう聞きました。しかし、この問いに対して私は何か答えなければならないのでしょうか?
私の言い分ですがこの問いに対してはこう答えを返そうと思う所存であります。少々言葉がきつくなりますが、お許しください。
誰が俺に話しかけろ、と言ったか。
短絡的になおかつ至極率直そして簡潔に申しますと、こうなります。
とはいえ、設けられた席が席ですので、そこを踏まえしっかりと反論させていただきましょう。
私の性格上、面倒くさい質問や事態は大の嫌い、大の苦手なものでして、ならば、質問をさせなければいい、という持論を唱えております故、今から順に追って回答していきますが、よろしいでしょうか?
まず一つ、何故話しかけてきたのか。
誠に遺憾な問題でありますので、これに関しては長々と述べさせてもらうことを承知くださいませ。
結論から言わせて貰いますが、私はこの設けられた席で何一つ言葉を発するつもりが御座いませんでした。
何故ならば、こういう面倒くさい席が大嫌いなのです。
会社の上司に『お前は喋らなくてもいいから、いるだけいてくれ』と言われたのでそのお言葉通りに『何もしないで酒を呑むだけ』のつもりでいたのであります。
それなのに! それなのに! 貴方は、『話しかけるんじゃねぇぞ、お前ら』オーラを纏っていた私に対して言葉を掛けられました。
その時点で計画していた『酒を呑めば自動的にどうでもいいこの場を何もせずに過ごせていた』作戦が破綻になってしまったのです。
話しかけられたことによって、こちらも話しかけなければ何か怪しまれてしまい、変な目線を送られるのも面倒ですから、貴方の取った行動は神がかり的な行為だと思われます。
貴方様の『その人の心に土足で入り込む厚かましさ』と『夥しい気配を感じることのない純粋な面倒臭さ』に、この私は感服致しました!
ですので、この設けられた席から退場しようと思いますが、了解は得ないので反応しなくてよろしいのです!
それでは、Good-Bye! 見知らぬ女性よ、もう二度と会うことのない女性よ!」
最終手段である。
戦略的撤退なので、負けた訳ではない。
しかし、淡い期待はすぐに泡となって消えてしまった。
「やっぱり、面白いね、君って」
「不思議だね、君って」
「なんだか興味湧いてきちゃったから、ずっとここにいよっと」
「うふふ、案外可愛い顔をしているのね、君って」
「変なことばっかり言っていたらダメだよっ!」
完全敗北である。もう諦めるとしよう。
「すいません、負けました。許してください」
非常に面倒な事態に陥った場合は白旗を揚げることにしているので、すかさず白旗を揚げさせてもらったのである。
あらかじめ、避けて避けて回る為の手段であったのにここまで通用しない人間が存在したとは驚きが隠せない。
全てを投げてしまえば何もしなくても済むのではなかろうか。
あれやこれやと会話をしてしまったのち、時間が過ぎて地獄は終了した。
そして、驚くことにこれから私は謎の女性と一緒に帰り、謎の女性と私の部屋でお話をしなければならない。
何がどうなってこうなったかは最早記憶に非ず。
ともかく、流れに任せれば万事解決。
駅からすぐのところに私の部屋はあるので、悩む間もなく着いてしまった。
ここまで来れば入れる以外の手段はなく、全面的に諦めるしかなさそうである。
「入ってください」
「殺風景だね」
「お茶でも淹れるんで、どこか座っててください」
「了解~」
どうすれば良いのか分からなくなった私は、必死に考えた。
この状況から逃げる術はあるのだろうか、なければどうすれば回避出来るのか。
すると、走馬灯のように先ほどまで居た会場での事が鮮明に映った。
全てを鮮明に思い出したのち、全てを悟った。
元凶は俺か。
責任を取ろうではないか。
私は、何の形でも人の記憶に残るのを厭わない。だから、殺そう。
「お前を殺して、私も死のう」
すっと出てきた言葉である。
「え、何か言った?」
今の私はものすごく状況理解が出来る上に、ものすごく判断力もある。
さあ、何度でも言ってやる。
「お前を殺して、私も死ぬ」
女性は明らかに顔面が蒼白と言ったところか。
まだ理解出来ていないようだが、本能が拒否をしているのだろう。
座っている場所まではそう遠くないし、早く殺してしまってこの面倒臭い状況から逃げようじゃないか。
今、まさに刺激を体験している。
進む足の重さ。
踏みしめる畳。
滴る汗。
鳥肌の立つ両腕。
武者震いする体。
自然と零れる笑み。
理解不能な表情を浮かべる彼女。
それを見て恍惚の表情を浮かべる俺。
ゆっくり、ゆっくりと彼女の元へ近づいていく。
『人間は恐怖に打ち負けた時、死を意味する』という言葉を何かで聞いたことがあるが、全く以ってその通りである。
彼女は腰を抜かしている。
どうやら、運命は無情ということらしい。
どうやら、恐怖によって震えているようだ。
どうやら、逃げる術を失ってしまったみたいである。
さあ、このまま目の前に立ち、カッコよく決めよう。
目の前に立つと、絶望に打ちひしがれ、恐怖に満たされているのがよく分かる。
これが私の求めていた刺激なのであろう。手が届いてよかった、と心底喜んでいる。
さて、どうせ人間はいずれ死ぬ。ならば、誰がいつ殺しても構わないはずだ。
敬意を表して、最高の言葉を贈ろう。
『愛している、だからこそ、一緒に死のう。さようなら、Good-Bye』
近くによると、雪のような白い肌をしているのがよく分かる。
満遍なく観察した後、か細い首に手を掛けた。
至近距離で絶望の淵に落ちた表情を眺める機会など滅多にないことだろう。
その顔を見ている内に何故だか興奮してきた。
私のテンションは最高潮に達し、殺人を犯すという行為に対して快感を覚え始めた。
「これは、これは、私の求めていた刺激そのもの!」
首が絞まっているので、当然彼女は喋ることは出来ない。
「心臓の鼓動が弱まっているな! 手に取るように分かるぞ!」
「これが人を殺すという感覚、か。私の求めた刺激にぴったりではないか」
「俺の鼓動が聞こえるか!? 多分、君にはもう声は届かないだろうが、感謝する。ありがとう、そして、さようなら」
彼女を殺して、一時間が経った。
確認してみたのだが、本当に死んでいる。
首に手を掛けて絞めたのだから、当然ではあるが。
理性の一定を保つと、どうしてかは分からないけれども、涙が流れた。
人を殺してしまった自分への戒めの涙、ではない。新たなる門出への決意の涙、である。
刺激を求めるが余り、罪を犯してしまったという意識は全くないに等しい。
一人の命を背負ってこれからも苦しみながら生きる、という必要性も零である。
むしろ、清々しく彼女の分も生きて、華々しく人生を送るべきであろう。
ふむ、やはり体は冷たい。死んでいるな、と確認をしてルーティーンを終える。
これが、五年前に犯した初めての殺人である。
五年後の今でもよく思い出して、感慨に耽っているのだ。
一年に一回は確実にやらなければ、禁断症状で多数の人間を殺してしまう。
だから、毎年一人から三人と決めているのだ。
そして、今日は西暦二○十二年になって初めて、刺激を求める。
当日はこうして、昔の事を思い出して初心を忘れずに怠慢を起こさずしっかりと、完遂しようとイメージトレーニングをするのだ。
さて、そろそろ設けられた席で知り合った女性がこの部屋に来る頃ではないか、な!
耳を澄ませば、高いヒールが地面を蹴る音が聴こえてくる。
彼女は時間に厳しいので、ちゃんと定刻通りではないと気が済まない、とか言っていたような気がしなくもない。
曖昧なのは、この私が極めて人のことを覚えないからである。
正直に言ってしまえば、今から殺すであろう女性の名前すらも分からない。
だからといって、躊躇する必要は皆無で、これから殺させてもらうことに対して敬意は払っているつもりだ。
心が躍っているので、本来ならば駆け足で向かってきて欲しいぐらいだが、贅沢は言わぬ。
それに、今回の彼女は曖昧ながらに二手、三手先を行動するタイプであったはずだ。
もしかすると、扉を開ければ、銃を構えているかもしれん。
などと、ありもしない夢物語のような妄想をしていると、インターホンが鳴った。
声の主は彼女である。
意気揚々と扉を開けに向かう。
スキップでもしながらにしようかと思ったが、昼下がりに自分の部屋でやるのは少し恥ずかしいのでやめにした。
笑顔で出迎えるのぐらいは許して頂けるであろう。
『いつか死ぬのだから、いつ死んだって構いやしないだろう、だから、今ここで、死ね』理論を唱える私が直々に扉を開けてやるのだから少しは感謝して貰いたいものである。
「だから、今ここで死ね!」と、扉に手を掛けた。
開いた途端、彼女が鬼のような形相で睨む。
何故、泣きそうな表情でこちらを真剣に睨むのだ。
あまりの急展開に付いていけなくなっている私がここにいる。
「悩み事なら聞こうじゃないか、さあ、話してご覧よ」
ついつい、優しくしてしまった。
彼女は鋭い眼光をこちらに向けたまま、口を開いた。
「私はあなたのことが好きでした。そう、過去形です。
あなたのことは好きでしたが、訳あってあなたを殺さなければなりません。
だから、今ここで死んでください。さようなら、Good-Bye 愛しき人よ」
ちょっと待て。
おい、ちょっと待て。
おいおい、ちょっと待ってくれ。その黒光りする銃を下ろせ。
いやいやいや、俺が殺す理由はあっても、君が殺す理由は存在し得ないはずだぞ。
どうして、俺は意味もなく殺されそうになっているのだ。
確かに、人を殺して自分も死のう、とは散々言ってきたが最初から殺せ、とは一度も言ったことないぞ。
このまま、脳内で仮説を立てていても進みやしない。
こればかりは直接理由を聞いて、正当な理由を見出さなければならぬ。
よし、よし、その銃をとりあえず下ろそうか。
下ろしたところで、この銃を奪えない限り、私は死ぬ運命にある。
「いい子だ、いい子だ、その銃を一旦床に置こうか、ねえ?」
彼女は毅然とした態度で銃を下ろそうとしない。
「じゃあ、そのままでいいから話を聞こうかしらん」
彼女は銃を持ったまま、テーブル付近に腰を下ろした。
「とりあえず、俺が殺されなければならない理由を教えて欲しい」
私は彼女の神経を逆撫でしないよう細心の注意を払って、問いかけた。
すると、彼女は怒りを込めて強く銃を握った。
「え、ちょっとなんでそうなるの!?」
私は思わず叫んでしまった。今まで多数の人間を殺してきたのにいざ殺されそうになると、恐怖を感じてしまうものである。
「ちょっと落ち着いてくれ、そのままじゃ今すぐにでも俺の眉間を銃弾が貫いてしまうではないか」
刺激を求める行為をしてきた私だが、刺激を与えられるのは初めてであり、この状況をどうやって打破すればいいか、というシュミレーションは脳内に存在していない。
落ち着いてはくれたようである。それでは、全ての真相を話してもらおう。
「よくわからないままに死ぬのは嫌だから、全てを話してよ」
自分の最期を悟り、運命を諦めると、彼女は再び口を開いた。
「結論から言うと、五年前に親友をあなたに殺されました。
これは五年間掛けて確信を得たんだけれども、唯一無二の親友をあなたに殺されてしまいました。
五年前に彼女がいなくなった時は、何が起こったか分かってなかったけど、急にいなくなったので捜索願を出しました。
でも、日本の警察は役に立ちませんでした。それから一年が経ち、二年が経ち、三年が経ったのです。
その時、風の噂を耳にしました。
『あなたの友だちは殺されたらしいよ』、と。急にそんなことを言われてもよく分かりませんでした。
よくわからないまま、真相を確かめるためにその当時のことを調べてもらおうと、探偵事務所へと向かいました。
写真を見せ名前を教え、当時、周辺で何か怪しいことは起こらなかったか、調べてもらいました。
それでも二年掛かってしまったんですけどね。
探偵さんは周辺を全て洗いざらい調べてくれました。
すると、友だちは合コンがあった日に誰かと一夜を過ごした、とのことでした。
一夜を過ごしたのはどうでもいいことだと思い、気にしませんでしたが、その後、友だちを見た人は誰一人いなかったのです。
これはおかしい、と詳しく調べてもらいました。
その結果、あなたと一緒にいたのが分かりました。
しかし、それだけでは何一つ証拠を掴んだことにはなりません。
なので、探偵さんに見張ってもらいました。あなたは変な視線に気が付きませんでしたか?
多分、人を殺した快感から周りが少しだけ見えなくなったのでしょう。
この辺では全く他の住民が気に欠けないことで有名だったようですが、探偵さんは流石、と言ったところでしょうか。
というか、あなたは阿呆だったのです。
よくよく考えれば分かったことだとは思いましたが、アドレナリンがたくさん出すぎていたあなたには分からなかったようです。
それは、そう。死体を運ぶときに探偵さんに死体の顔を見られてしまったのです。
駐車場まで誰も来ないのを知っていたあなたは慢心したのです。探偵にずっと見張られていたことに気が付かないほどに。
そして、証拠を掴んだ私はあなたに近づきました。
あの設けられた会場は私が仕組んだ罠だったのです。
残念でした、堪忍してください。
調べたところ、あなたは多数の人間を殺しているそうではありませんか。
誰かに裁かれろ、とは言いません。
だから、今ここで私があなたをこの銃で殺します。
最期になりますが、あなたに近づいて仲良くなるにつれ、恋愛感情は芽生えました。友だちが好きになるのも分かりました。
だからこそ、報われなかった彼女の為にこの手に掛けるのは私だと思いました。
さようなら、Good-Bye 愛しき人よ」
気が付けば、私は彼女の至近距離に立っていた。
その銃に向かって立っていた。
「さあ、撃つなら撃てよ、ここが心臓だ。外すのは許さない。
これほどまでに近いのだから、外すなんて事態は起こらない。
さあ! さあ! さあ! 憎き敵はここにいる!
思う存分恨みを晴らせ。ありったけの邪念をぶちまけろ。悔いはあるが、逃れられない運命なら、どうしようもなかろう。殺人鬼の最期は呆気ないモノだな!
しかし、早くその銃で撃って、私を殺せ。さもなければ、五年前と同じようにお前も殺すぞ!」
見事に彼女の神経を逆撫でした結果、引き金を弾いた。
銃声が響く。
確かに心臓は貫かれた。
さようなら、Good-Bye 愛しき人生よ。
殺されたい殺人鬼は儚く散るのだ。
疲れました。




