青行灯
「・・・・それは、こんな顔かい?」
雄一の話が終わり、これで九十五話が終わった。雄一が静かに蝋燭の火を吹き消す。
「ありきたりだったな」
「それ、誰かもう言ってなかった?」
空気はとっくに弛緩している。最初のころの緊張した雰囲気は消え去り、話へのダメだしまで始まる始末。
しかし、それでもいい。別に誰も怖がらなくてもいい。
百物語である。
言わずと知れた怪談の王道。百本の蝋燭と百話の怪談を用意し、一話終わると一本、蝋燭の火を消す。
たとえ怖がる誰かがいなくとも、百話終わらせ、百本の蝋燭を消すことが、青行灯の目的だ。
【怪を語れば怪に至る】と言う。
百物語をすると、百話目の後に本物の怪異、青行灯が出ると言うのだ。
だから普通百物語は百話までやらない。九十九話で終わらせる。そうすれば、青行灯が悪さをできないからだ。
しかし近代に至り、青行灯も小細工を働くようになった。自ら人を集め、自分から百話目を話してしまおうと画策したのだ。
人に化け、葉樺大学のホラー映画研究サークルに潜り込み、百物語をしようと立案、実行した。最近はお化けも本領発揮に苦労するらしい。嫌な時代だ。
「それは・・・・・お前だーっ!!」
「うわっ!」
「ははは、ビビったか」
「バカいえ。お前声が大きいだけじゃねえか」
九十七話が終わった。フッ、と一本蝋燭が消える。分厚い雲に遮られ、室内に月光は届かない。三本の蝋燭の頼りない揺らめきが、今唯一の光源だった。
いい加減蝋燭が短くなってきた。話さずに消えてしまっては努力が報われない。青行灯は次の話を促した。
「さあさ、次は誰だ」
「俺が行こう」
またか、と呟きが聞こえた。話したがりの孝志は今夜も絶好調。いつかどこかで聞いたような話を、今夜も何度もしてくれた。
「これは、俺の友達の友達が実際に体験したことなんだけど・・・・」
お決まりの文句。「友達の友達が〜」なんて、いまどき誰が信じるだろうか。その手の前置きは、かえって場を白けさせるだけだ。
だがそれでもいい。今夜はとにかく、話数を稼ぎさえすればいいのだ。あまり長引かせるなよ。蝋燭が消えてしまう。
「その時耳元で囁かれたんだ・・・・・・・・死ねばよかったのに、って・・・・・」
似たような話を六十三話でした。オチは一緒だったが、老衰で殺そうとしたのは新しい発想かもしれない。
九十八話が終わった。部屋がいっそう暗くなる。あと二話だ、あと二話で出番が来る。青行灯は内なる喜びを顔に出さないようつとめた。ここでニヤニヤしているのも、不自然ではないかもしれないが、まずは話を終わらせてからだ。
九十九話目は里美が話し出した。
葬式の最中、死体が棺桶から起き出して自分を殺した男への恨み言を呟き、参列していたその男の元へ這い寄るのだという。葬式の死体は鼻と喉に詰め物をするから、喋れるはずはない。
いよいよ最後の一本。最後の一話。
「百話目は、おれが話そう」
青行灯がそう言うと、みんな驚いたような、意外そうな目で見つめてきた。そういえば青行灯はここまでろくに話をしていなかった。百話目に意識が向きすぎていたのだろう。今さら話すとは思われていなかったか。
それとも、みんな百話目はしないつもりだったのだろうか。百物語のお決まり通り、九十九話でお開きのつもりだったのか。それはまずい。そんな申し出をされる前に、青行灯は急いで口を開いた。
「百物語と言うと、実は九十九話までしか話さないのが通例なんだ。【怪を語れば怪に至る】と言って、怪談をしていると、本物を呼び寄せてしまう、と言われてる。百物語の百話目は、それで特別な妖怪を招き寄せてしまうらしいんだ。
その妖怪は青行灯。百物語の終わりにだけ出て来る、百一話目の怪談さ。青行灯が何をしに出て来るのか、何をして去っていくのか、それは、もうすぐ分かる・・・・・・」
フゥッ
百本目の蝋燭を吹き消した。室内は一片の明かりもなく、深い闇に飲み込まれる。
青行灯は暗闇に乗じて本来の姿に戻った。
青い着物を着て長い髪を振り乱し、二本の角をさらけ出す。大きく裂けた口からはいびつな牙がのぞき、血走った目で室内を睨みわたす。
ちょうどそのタイミングで、厚い雲が流れて淡い月明かりが注いだ。優しい光りが徐々に室内を照らしていく。青行灯はほくそ笑んだ。さあ驚け。百一話目をはじめよう。
薄青い月の光が満ちる室内に大学生の姿は一人もない。生者の気配の無い室内には、サークルのメンバーと同じ数の青行灯がいた。
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