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ゆきにぼたん  作者: みみずく
第一章 牡丹と枯野
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私が枯野の意図不明な行動に動揺して逃げ出した頃、仮面舞踏会のホールではまことしやかな噂が広がっていた。

宮中のざわざわした雰囲気が気になって、見習い仲間とよく噂話に花を咲かせている玉苗にそれとなく聞いてみた。

玉苗は、宮中を騒がす噂をさほど興味なさそうな様子で口にした。

「なんでも、国王陛下が近々退位する意向を匂わせたと側近のひとりが言ったとかいう話ですよ」

玉苗の言葉は聞いた私は、かなり吃驚した。

10年宮廷にいる身なので、権力争いの構図について多少の知識は持ち合わせている。

第一王子が東方へ遠征していて、第二王子が病の床に臥せっている今の時期に国王陛下がわざわざ退位に関する発言をするなんて、奇妙な話である。

第三王子は、まだ10歳になったばかりなので、王座に座る資格はない。

誰かが思惑を持って流した噂なのだろうが、不穏な空気が漂い始めているのは確かなようだ。

王族全体に関わる大事になれば、私達も巻き込まれる可能性がある。

降嫁したとはいえ、散里様は、王族であることには変わりない。

「噂が真実なのか私達には判断出来ませんが、当分は気を引き締めた方がいいかもしれませんね」

私が言うと、玉苗は、「はいっ」と元気よく返事をした。





――――言ったそばから、何だろう、この状況は。

見合いをして以来、私の平穏な生活は失われつつある。

今、私は、かなりまずい場面に直面している。

仮面舞踏会でダンスを踊った橘公爵に「白百合の君」が私だったことがばれたのだ。

橘公爵は、私の手を取ると、舞踏会の夜にしたように指先に口づけた。

「あなたが、白百合の君だと気付いたのは、おそらく私だけでしょうね。どうか、あなたの正体を見破った褒美をください」

思わず鳥肌が立った私は、パッと手を引っ込めた。

申し訳ありませんが、と私は言った。

「私などが差し上げることができるものなど、なにひとつありません」

「冷たいですね、白百合の君。あなたは、私と二度も踊ったのに」

橘公爵は、にやにや笑いながら、私の腰に腕を回した。

なんと逃れようともがいたが、公爵の腕はびくともしない。

「窮屈な女官服に隠れた本当のあなたは、実に艶めかしい」

舐め回すような視線が私の体を這いまわる。

公爵の手が上着のボタンに伸びてきたので、私は、慌てた。

「どうかお戯れはおやめになってください。私のような女官と公爵様では身分が違いすぎます」

公爵の手が止まったので、ほっとしたのも束の間だった。

「ハハハッ」

公爵の口から不快な笑い声が漏れた。

「あなたのような年の女性がそんなことをおっしゃるとはね。いいですか。私が求めているのは、大人の関係ですよ。お分かりになるでしょう」

さも当然という顔で言う公爵を私は絶句して見つめた。

公爵の好色そうな目が近づいてくる。

「堅苦しいことは抜きにして、お互い楽しみませんか」

公爵の手が私の上着に触れたときだった。


「牡丹殿。どこにいらっしゃいますか。散里様がお呼びです。牡丹殿」


若い男の声が私の名前を呼んだ。

衛士だろうか。

助かったと思うと同時に公爵の手が離れていく。

手の早い公爵は、逃げ足も速いようで、すぐに立ち去っていった。

膝の力が抜けた私は、その場にガクンと崩れ落ちた。

頭ではちゃんと状況を理解しているつもりだったけれど、ポンコツな体は、勝手に震えていた。

足音が近づいてきて、私の前でピタリと止まった。

若々しくて、でも、少年とは違う低くて太い、大人の男性の声が頭上から降ってきた。

「おばさん、もてるね」

さっきの衛士の声と同じだ。

青年の手が肩に触れると反射的に私はビクンと大きく震えた。

「何もしないから」とあやすように言いながら、宰相様の息子は、私を立たせた。

舞踏会の夜は触れられることすら怖れた腕の中にいるのに、私はなぜか安心感に包まれていた。

なんとか歩けそうだったので、「もう、大丈夫です」と言って離れようとしたら、長い腕で囲いをつくられた。

「離して」と言おうとした時、耳元に熱い息がかかった。

次の瞬間、信じられない言葉が私の耳たぶをくすぐった。

「おばさんさ、俺と婚約しない?」

――――空耳かな。

私が固まったので、枯野は、私を解放すると、私を自分の方へ向かせた。

「あの、今なんておっしゃいました?」

妙に甲高い声でたずねると、また、愉快そうに目が細められる。

「俺と婚約しようよ。そうすれば、さっきみたいに絡まれることなくなるよ」

枯野は、放心状態の私の肩をポンと叩いた。

理解不能な思考回路を持つ男は、「とりあえず、考えておいてよ」と言い残して、立ち去ろうとした――――が、一度振り返る。

「舞踏会の音楽は、気に入った?」

私が頷くと、満足げな笑みが返ってきた。

「あの楽団、俺が住んでいたところから連れてきたんだよ。特にヴァイオリンが良いんだ。きっと、おばさんは、すごく気に入ると思うよ」


フライデーナイトなので、少し短いです。


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