片恋 (1)
中間試験を控えて試験対策を始めた頃、私の苗字が松本から剣崎に変わった。
『剣崎さん』と呼ぶことにも、呼ばれることにも違和感があったけれど、徐々に馴染んできているような気がする。
「利奈」
休み時間に喉が渇いたから自動販売機に何か買いに行こうと思ってカフェテラスまで来ると、漣兄様と黎人がいた。
「どうした?」
「喉が渇いたの」
そう言うと、漣兄様は自分の携帯電話を私に差し出した。
これで好きなものを買えということらしい。
コーラを飲んでいた黎人が私を見ていた。
「兄様は何飲んでるの?」
「烏龍茶」
私はジャスミンティーにしよう。そう思ってボタンを押すと
「利奈、先週の土曜日と日曜日、どこにいた?」
黎人が聞いてきた。
土曜と日曜?
「土曜日は・・・香織とお買いものしてたよ。日曜日は兄様達と水族館に行ったの。ね?漣兄様」
「ああ」
漣兄様に同意を求めると漣兄様は頷いた。
「そっか・・・土曜日、桐生とTホテルの近くに行ってないよな?」
「香織と?行ってないよ」
Tホテル・・?そこには何回か行った事があるけど、いつも兄様かパパと一緒。私が一人で行ける場所じゃない。その近くにも行っていないはずだよね?
携帯を兄様に返してペットボトルの蓋を開けて一口飲んだ。
「そう言えば、何を買って来たんだ?」
「ん~・・・」
買ったのは私じゃなくて、雅樹なんだよね。漣兄様を見てエヘヘと笑って誤魔化した。
「私は買ってないよ。選ぶのを手伝っただけ」
「桐生の?」
黎人まで不思議そうに聞いてくる。
私が買い物をするのがそんなに珍しいの?
ふと、思い返せば・・確かに珍しいかもしれない。
「利奈、何か隠してるだろ」
最近、漣兄様は厳しい。
前なら気付かないふりをしてくれたのに最近は、白状するまで聞かれる。
「雅樹が彼女にプレゼントするアクセサリーを見るのを付き合ったの」
「男と一緒に買い物に行ったのか」
一気に漣兄様が不機嫌になった。
「香織と一緒だったよ?彼女と喧嘩中の雅樹に香織がアドバイスしてくれて、一人でお店に行くのが嫌だったから付き合えって言われて一緒に行ったの」
「そんな話、聞いてない」
だって、言ってないもん。言ったら兄様拗ねるでしょ?
「雅樹は彼女にペアリングをプレゼントして仲直りしたの・・私、次の授業が始まるから行くね!」
兄様と黎人に手を振って二人から逃げた。
「利奈、走ってきてどうしたの?」
教室に戻ると香織が不思議そうに聞いてきた。
「兄様と黎人と会ったの。この前の土曜日の事で尋問されそうになったから逃げてきた」
そう言うと香織は笑いながら「そう」と言った。
「剣崎先輩、拗ねてなかった?」
「拗ねそうだった」
家に帰るまでに何かいい言い訳を考えなきゃ。