もう一度 (1)
午後になるとパパも兄様達も外出してしまったので、運転手にお願いして大輝の家に一番近い駅まで送ってもらった。
約束なんかしていないし、昨日、あんなに冷たく「帰れ」と言われて、会ってくれないかもしれないけどここまで来てしまった。
大輝の携帯を鳴らして、何回目かのコールで接続音がして少しホッとした。
『・・・』
電話は繋がっているけれど無言だった
「大輝?利奈だよ」
私が名乗ると、電話の向こうで小さく息を呑むような音がした。
『あぁ・・何?』
何も言わないで切られるかと思ったけれど、大輝は用事を聞いてくれた。
「今ね、大輝の家の近くまで来てるの」
『・・何でだよ』
「私、駅で待ってるから。大輝が来てくれるの待ってる」
『利奈?何考えてんだよ!?帰れよ』
「やだ。来てくれるまで待ってる。じゃあね」
ずるい言い方だと思うけれど、一方的にそう言って電話を切った。
来てくれないかもしれないけど、何時間でも待つつもりだった。
・・――――
―――――
―――やっぱりダメかな、来てくれないのかもしれない。
大輝に電話をしてからもう2時間経つけれど、彼は現れないし連絡も来ない。
黎人は話せば分かってくれるって言ったけれど、話しもさせてもらえないんじゃどうしようもないよ・・
携帯が鳴り、電話に出ると家からだった。
「はい」
『お嬢様、旦那様がお帰りになりますのでそろそろお戻りになられてはいかがですか?』
パパは明日からお仕事で海外に行ってしまう。今日は一緒に夕飯を食べる約束をしていた。
「兄様達は?」
『お二人とも間もなくお戻りになります』
時間切れだ・・・パパと兄様達を待たせるわけにはいかない。
「迎えに来てもらえる?さっき車を降りたところにいるから」
『承知致しました。すぐに車を向かわせますのでお待ちください』
電話を切って顔を上げると、少し離れたところに大輝が立っていた。
「大輝!」
来てくれた!
大輝に駆け寄ると、彼は強張った顔で私を見ていた。
「おまえ、バカじゃないのか?」
「バカだよ?」
大輝と話ができればなんでもいい。そう思って言うと大輝は顔を歪めた。
「オレが来なかったらどうするつもりだったんだよ」
「また違う日に会いに行った。・・でも大輝は来てくれたよ、ありがとう」
時間がないからとにかく伝えなきゃいけない。
「あの時、私の我儘で本当の事を言わなかったから、大輝に嫌な思いをさせてごめんなさい」
「謝るなよ。利奈は被害者だろ」
「ううん、大輝に嫌な思いをさせたのは私の我儘だもん。私が口を噤むことで大輝が危険な目に遭わずに済んで走り続けることができるなら、それでいいと思ったの。でも大輝も彼女達に何か言われたんでしょう?」
大輝は口を噤んで何も言わなかった。苦しそうな顔をして私から視線を外した。
私を見てくれないけど、昨日のような拒絶する雰囲気は感じられなかったからそのまま続けた。
「私なら大丈夫だよ?学校も違うし・・それにね、今まで黙ってたんだけど、私にはお兄ちゃんが二人いるの。下のお兄ちゃんと同じ高校に通っているの。学校の行き帰りは一緒だから・・もう、あんなことは起こらないから大丈夫」
あそこにいる限り、上田は手を出してこないはずだから。大輝、大丈夫だよ・・
「―――どうして利奈はいつもそうなんだよ」
「だって、大輝は陸上が好きでしょう?辞めてほしくない」
「綺麗事だけ言うなよ!」
大輝は鋭く私を睨みつけて声を荒げた。
「綺麗事だよ。・・でも、大輝の気持ちもわかるつもりだよ?」
私を睨みつけたまま口角だけを上げて笑った。
「利奈の言うことは綺麗事だよ。口だけなら何とでも言える」
大輝の言葉に首を横に振った。
「私が綺麗事だけを言っていると思うなら、近くにあるクラブで『リサ』っていう女の事を聞いてみて?」
「リサ?」
怪訝な顔をして聞き返した。
大輝なら『リサ』が誰の事かすぐに分かるよ。
「そう。『リサ』がどのクラブに出入りしていたか聞いてみればいいよ。・・大輝、苛立ちをどこにぶつけたらいいかわからない。そう思っていたのは大輝だけじゃないよ」
見たくないこと、考えたくないことから逃げてクラブに通っていた私も向き合うことができたから・・
私に出来たんだから、大輝に出来ないことはない。そう思うよ?
黒塗りの車が停車したのが視界に入った。もう迎えに来たんだ・・車からSPの片山が降りて後部座席のドアを開けるのが見えた。彼がいるということは迎えに来たのは漣兄様だ。
「私、迎えが来たから帰らなきゃいけないの・・呼び出しておいて勝手な事ばかり言ってごめんね。でも、本当に大輝には陸上を辞めて欲しくなくて、話がしたかったの」
「利奈?」
「大輝、来てくれて本当にありがとう。私、お兄ちゃんが迎えに来たから帰るね、また連絡する」
大輝に申し訳ないと思いながらその場を後にした。