払い除けられた手 (5)
「大輝」
“利奈?”声に出さずに呼ばれた私は大輝の名前を呼んでいた。
大輝の隣に・・・さっきとは違う女が立った。女はこちらを見ている。
私を憎しみのこもった目で見る女・・・上田だった
「私、彼に話があるの」
黎人の顔を見てそう言うと、掴まれていた手がするりと外れ、私は大輝に歩み寄った。私を睨んでいる上田をチラリと見たけれどすぐに大輝を見た。
「久しぶりだね。話しがあるんだけど・・・いい?」
外を指すと大輝は頷いた。
「ああ」
私が店の外に出ると黎人も外に出た。
「私一人でも大丈夫だよ?」
「ダメだ。話が終わったら連れて帰る」
黎人を見て、私が何を言っても無駄だと思ったから黎人の言葉に頷いた。
「うん。終わったら一緒に帰るから・・行って来るね?」
黎人が頷いたのを見て、大輝に歩み寄った。
彼を見ると自然に笑みが浮かんだ。
「大輝、髪伸びたね」
いつもベリーショートにしていたけれど、今は少し伸びていた。その髪型も似合うね・・
「ああ・・・利奈、足はいいのか?」
私は頷いた。
「大丈夫だよ。ずっと連絡しなくてごめんね」
そう言うと大輝は首を横に振った。
「大変だったのは利奈なんだから気にしなくていい」
いつも優しい大輝は変わってないように思えて安心した。
「・・・大輝、走るの止めたの?」
単刀直入に切り出すと大輝は笑った。
「相変わらずストレートだな」
私達は思ったことは何でもストレートに言い合う仲だよね?だから、今何を考えているのか教えてほしい。
「その事、誰に聞いた?」
鋭い目で私を見る。
こんな目をするなんて知らなかった。
「祐介と雅樹」
「へぇ・・あの二人とは連絡とってたんだ?」
そう言った口調はとても冷たくて・・大輝が違う人に見えた。
「連絡はとっていなかったんだけど、たまたまバスケの試合で私の通う学校に来たんだ・・・」
そっか、と言いタバコに火をつけた。大輝がタバコを吸うのは意外だった。
「今は走る気がしないんだよ・・・」
遠くを見ながら煙を吐き出して言った。
そんなに苦しそうに言わないで?
「私のせい?あの二人に何か言われたの?」
そう言うと、大輝の眼が少し細められた。それは煙草の煙で細めたようにも見えたけれど、違うと思った。
「別に」
嘘だ、大輝は嘘をついてる。
「大輝?何があったの?」
大輝に聞くと、また鋭い目を私に向けた
「オレのことより、利奈はどうして言わなかった?」
その言葉には答えられなくて、私を見る大輝から目をそらしてしまった。
「言えないのにオレには聞くのか?」
「・・言わなかったのは私の我儘だよ。ねぇ、タバコなんか吸わないでよ。こんなところに通わないで?」
大輝にここは似合わないよ。私が言える事じゃないけど、ここには来ちゃ駄目だよ・・
「利奈は残酷だよな」
「え?」
突然言われた言葉に聞き返した。
私が残酷?
「・・どうせ分からないだろうからいいよ」
「大輝?」
煙を吐き出しながら私と黎人を交互に見ていた
「連れの人が心配してる・・・あの人、利奈の彼氏?」
チラリと後ろを見ると黎人が腕を組んで壁に寄りかかりながらこちらを見ていた。黎人と目が合った。
「黎人は学校の先輩だよ」
フッと笑い私を見た。
「ただの先輩とこんなところに来るのか?」
「違うよ。私は・・」
私が頻繁にクラブに来ていた事を言うのが躊躇われた。
私は・・ずるい。自分の事は言えないくせに大輝にばかり自分の希望を押し付けている。
「やっぱり利奈は残酷だよ。・・もう帰れよ」
冷たく言われて身体がビクッと震えた。大輝からそんな風に言われるのは初めてだった。
「大輝、私また走ることにしたよ。だから「帰れ!こんなところに来るな」
話を遮られて強い口調で言われた。
「大輝!聞いて!」
大輝に手を伸ばすと、手を払われて掌に痛みが走った。
その痛みから、大輝に拒絶されているように感じた。
「どうして?」
「もう帰れ」
大輝は私を見ようともせずに私の前から立ち去り、私はそこから動くことができずに彼の背中を見ていた。