払い除けられた手 (3)
史兄様は、兄様の基準で普通の車と判断したらしい車で迎えにきた
私には高額なことで有名な欧州車にしか見えないけど兄様にとっては普通なんだろう。
史兄様は私を車に押し込むと祐介達と何やら会話をしてから運転席に乗った。
「またな」
「今日はありがとう」
二人に手を振ると車が走り出した。
「利奈、そんなに見られると顔に穴があきそうなんだけど?」
ハンドルを握る兄様をじーっと見ていたら笑われた。
「史兄様が運転しているところ、初めて見た」
いつも送り迎えがあるから史兄様が車を運転するなんて思わなかった。運転する姿もサマになっている。
「たまに運転するよ。今度どこかに行こうか」
史兄様の提案に家族で出かけるとか旅行をしたことがないな・・と思った。
「行きたいな。お泊りでもいい?」
「いいよ、夏休みに行こうか。・・また合宿しなきゃいけないし」
その言葉に顔が引きつった。合宿はイヤ!
「・・・一緒に暮らしているんだからもういいんじゃない?」
阻止できるものなら阻止したい。そう思って兄様に言うと綺麗な笑みを浮かべて私を見た。
「それはそれ。一緒に暮らしているのに成績が下がる方が問題」
やっぱり阻止することは失敗。
私の生活や成績の管理を兄様に任せたパパに抗議したくなる。史兄様は成績にはとても厳しい・・・
「漣兄様も一緒に勉強するんだよね?」
去年の夏休みは、ママが外国に行ってしまい日本にいないことをいいことに、2週間みっちりと1学期の復習と2学期の予習を朝から夜まで、ずーっとつきっきりのお勉強会をした。
あの時は詰め込みすぎて頭がパンクして私が壊れるかと思った。
「漣は一人でやれるからいいの。問題は利奈、おまえだよ」
・・・どうして同じ親から生まれた兄妹なのにこんなに違うのだろう?史兄様に苦手教科はないの?
「今年は軽井沢にしようか?」
兄様は楽しそうに言う。せっかく軽井沢に行ってもず~っと一緒に勉強だったら楽しくない。
「・・・外に出られるの?」
「それは利奈次第かな」
きっと1学期の成績が悪かったら、また監禁するつもりなんだ!
家についてウェアが入った紙袋を両手に持って屋敷に入ると
「何をそんなに買い込んで来たんだ?」
漣兄様が私の手から荷物を取り、聞いてきた。史兄様が漣兄様が拗ねてるって言っていたけれど、機嫌が直っているといいな・・
「トレーニング用のウェアとかシューズとか・・いろいろ」
「言えば一緒に行ったのに」
やっぱり少し拗ねているらしい。
「今度買いに行くときは一緒に行ってね?」
夕食の後、漣兄様につかまって今日のお昼の事をいろいろと聞かれた。祐介達とお昼を食べたことや買い物に行ったことを全部白状させられた。ずっと不機嫌そうな顔で聞いたいたけれど雅樹に彼女ができたことを話すと少し機嫌が直った。
やっと一人になることができたのはもうすぐで日付が変わる頃だった。
私はポケットの中に携帯とお金を入れて庭へ出ようとすると呼び止められた。
「利奈様、どちらへ行かれるのですか?」
ハウスキーパーに答えた。
「散歩。ちょっと考え事したいだけ・・」
そう言うと彼女は頷いて奥に入って行った。私は庭に出て四阿のベンチへ腰掛けた。
「利奈様、お茶をお持ちしました」
さっきのハウスキーパーが紅茶を持ってきてくれた。
「・・・ありがとう、少ししたら部屋に帰るから。休んでください」
ハウスキーパーを下がらせて紅茶を一口飲んだ。祐介達から聞いた大輝の話を思い返した。
大輝は陸上を捨てたの?・・・それは、私のせい?
四阿でお茶を飲み終えると携帯の電源を落として剣崎の屋敷をぐるりと見回した。
兄様達の部屋は厚いカーテンから仄かに明かりが漏れている。
通用口からそっと外に出ると表通りまで走り、タクシーを停めた。