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不機嫌な彼と私の苛立ち(5)

『陸上やれば?・・・勿体無いし、走るの好きだろ?』

祐介の言葉に背中を押された私は次の日に朝食の席でパパにお願いをした。


「私、また走りたいの。朝にトレーニングを始めてもいい?」


兄様達は驚いていたけれどパパはすぐに了承してくれて、近いうちにトレーニングを始めることになった。


パパが専属トレーナーをつけると言ってくれたのでその話をして何か言いたげな顔をしている兄様達に気付かないふりをした。



学校に行くために漣兄様と一緒に車に乗っていると兄様は口を開いた


「どうして急に走ろうと思った?」


「ただ走りたいと思ったからだよ」


兄様の顔は見ないで答えた。あのコトを聞かれても絶対に話さない


「利奈の中で気持ちの整理がついたから走ろうと思ったのか?」


「整理ってなんのこと?ただ・・祐介達と走って楽しかったから。それだけだよ」


早く学校につけばいいのにこういう日に限って道路は混んでいる。


「利奈、こっちを見て話せ」


そう言われて真っ直ぐに漣兄様を見た。堂々としていられるように漣兄様から見えないところで手を握りしめた。


「兄様は私が走ることに反対なの?」


「反対なんかしてない」


「どうしてそんなに怖い顔をして私を見るの?」


「利奈が何も言わないからだろ?」


ごめんね兄様、あのことにはもう触れないで欲しい。どんなに聞かれても答えるつもりはないから。


「兄様達が考えすぎなんだよ」


学校に到着するとドアを開けて外に飛び出した。


「利奈!」


漣兄様の鋭い声が周囲に響いて、登校途中の生徒は驚いて兄様を見ている。皆は兄様の本当の顔を知ら無すぎる。


「利奈!話は終わってない!」


兄様の声を無視して走ろうとすると横から伸びてきた手にがっちりと捕まえられた。


「何騒いでるんだ?兄妹喧嘩か」


黎人が漣兄様と私を交互に見て言った


「そんなんじゃないよ。離して!」


思い切り振りきると黎人の手は外れ、私は走って逃げた




お昼休みになって教室を出ると廊下に黎人が立っていた。


「なに?」


腕を組んで渋い顔をしながら私を見下ろしていて昨日とは別人みたいに見える


「ウザイんだけど・・責任とって何とかしろよ」


そう言って溜息をついた。誰のことを言っているのかわかりすぎる。ごめんね、シスコン王子で・・


「ケンカか?」


「よくわからない」


「は?当事者だろ」


そうだけど・・

黎人は「ちょっと来い」と言うと私の腕を引いた。・・・まさか・・・また!?


「利奈?お昼はどうするの?」


「桐生、こいつ借りていくから」


黎人が香織に言うと「はーい」と返事をして香織はカフェテラスに行ってしまった・・・




「漣が利奈の事を心配してるのわかってるだろ?」


通称“開かずの間”で真面目な顔をした黎人は諭すように言った。


「うん」


黎人の言葉に耳が痛かった。


「普通の兄妹喧嘩ならいい。でもあんなに心配させるような喧嘩の仕方はするなよ」


「ケンカじゃないよ。漣兄様が心配性だから・・」


「あれが喧嘩じゃないならなんだよ?オレに分かるように話せ」


黎人が朝に見た私と兄様のやり取りは喧嘩に見えたのだろう。怪訝な顔をして私を見た。


「・・・」


「話さないならお前が隠してることを漣に言ってもいいんだぞ?」


脅しですか・・・この前の事もそうだけど黎人は漣兄様を大事に思ってくれてるんだね


「今朝、パパに“走りたいからトレーニングしていい?”ってお願いしたの。」


「足を怪我したんだよな?」


最悪だったあの頃の自分を話すのは抵抗があったから、ソファの上で膝を抱えて黎人の方を見ずに自分のつま先を見ながら話した。


「うん。手術をした後に私は誰にも会わなかったの。友達にも家族にも会いたくなくて顔を見たとしても一言も話さなかった。精神的に落ちるところまで落ちた私が急に走るって言い出した事を心配しているんだと思う」


これで納得して欲しい。


「それだけか?」


兄様から何か聞いていてそう聞くのかと思ったけれど、“うん”と頷いた。

漣兄様は私が“階段から突き落とされた”と思っている。

走るって言いだした私が狙われるんじゃないかと心配しているんだと思う。だから“陸上をするなら突き落とした犯人を言え”って言いたいんだと思う。


「なら、納得するような理由を漣に話せばいいだろ」


話したよ


「話しても納得しなかったら?」


「ちゃんと話してみろよ」


そうだね、話して納得してもらわないとね・・それにしても・・


「黎人って友達思いだよね」


「いたっ!」


そう言うとデコピンをされて睨まれた。


「兄妹揃って手間かけさせるな」




黎人と2人でカフェテラスに向かうと廊下を歩いている兄様に声をかけて呼び止めた。


「利奈」


「兄様、心配かけてごめんなさい。私が走りたいって言ったのは本当に祐介達と走って楽しかったからなの。昨日、祐介が言ってくれたんだよ。『走るの好きだろ?』って・・それでまた走ろうかなって思っただけだよ」


兄様は私を見て頭を撫でた。黎人は怖い顔をして私を見ていた。


「分かった。利奈がそう言うならそれでいいよ。走りたいならそうすればいい」


諦めたように言う兄様を見て『ごめんなさい』と言葉が出そうになったけれど堪えた。


兄様、本当にごめんなさい・・・



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