不機嫌な彼と私の苛立ち(4)
今日の練習は男女毎に分かれて基本的な動作を確認するという軽い内容だった。最初に女子が練習を終わらせて皆は帰ったけど、男子は残って練習を続けていた。私は制服に着替えた後も体育館に残って翔慶学院とバスケ部の合同練習を見ていた。
みんなダンクシュートが出来てかっこいい!
「なんだよ?やりたいのか」
私もやってみたくて、じ~っと練習を見ていたら祐介が声をかけた。
「うん。教えて?」
「・・・まだ無理だな」
「やりたい!」
「利奈、一応女の子なんだから・・無理」
祐介の“一応”という言葉が腑に落ちなかったが、できないと決めつけたことに反発したくなった
「やってみなきゃわからないでしょ」
祐介は私の顔を覗き込んで説き伏せるように言った
「・・まだ無理だよ。わかるよな?」
真剣な顔でそう言われると軽口は返せなかった。祐介は私が強がりを言った事を分かってる。
「うん」
「陸上やれば?・・・勿体無いし、走るの好きだろ?」
アップの時に前を思い出させるために一緒に走ってくれたんだよね
「祐介にはかなわないね」
当然だと言いながら私にボールを投げた。
「・・・ありがと」
髪の毛をぐしゃぐしゃにされた。私に気を使わせないようにしてくれている祐介の励まし方が嬉しかった。
「土曜日の放課後にパフェ奢ってやるよ」
「うん、楽しみにしてる」
「学校の近くに本屋あるだろ?そこにカフェ入ったからそこで待ってて」
「うん、じゃあね」
心が温かいまま体育館を出て1年生用の玄関に向かって歩いていると、廊下に黎人が立っていた。
「帰らないの?」
「用が済んだら帰るよ」
「そうなんだ。お先に失礼します」
そう言って通り過ぎようとしたら腕をつかまれた。
「漣兄様が待っているから帰る」
「用が済んだらな」
そのまま引きずられるように誰もいない教室に連れ込まれた
「・・離して」
“離して”そう言っても離してもらえるとは思っていなかったけれどその言葉が口をついて出た。
予想していた通り腕をつかまれたまま・・・
大人しく黎人の用事を済ませるしかないようだ。黎人に気付かれないように諦めのため息をつくと、
「利奈、自分の立場をわかってる?」
黎人は私を見下ろしてわかりきったことを聞いてきた。
「そんなこと・・わかってるよ」
「へぇ、どんな立場か言ってみろよ」
「剣崎史明と漣の妹」
勘違いするなっていう手紙が毎日来るよ?嫌でも自分の立場を思い知らされている。
「それだけ?」
「他に何があるの?」
みんなはそう思ってるんだよ?・・でも手紙を靴入れに入れる彼女達に教えてあげたいかもしれない。黎人が私に話しかける理由は“利奈がクラブで見つけた面白い女「リサ」”だからなんだよ?兄様は関係ないんだよ。
「本当に分からないのか?」
すぐ目の前にある黎人の眼を見返した。何をそんなに苛立っているの?
「意味がわからない」
「案外残酷なんだな・・」
その言葉にカチンときた。黎人の用事って私に喧嘩を売りたかったの?
「さっきから何なの?ハッキリ言えばいいでしょう!?」
私がそう言うと黎人は口角を上げて笑った。
「・・・なら、わからせてやるよ」
長い睫毛がゆっくりと伏せられて、その唇が降りてくる様を見つめた。
目を伏せているその表情は綺麗でゾクゾクするほど色っぽくて、悔しいけれど眼が逸らせなかった。
温かく柔らかい唇が押し当てられた。
すぐに離れた唇は
「もっと自覚しろよ・・って言っても利奈には無理か」
憎たらしいことを言うと、角度を変えて激しく押し付けられた。
逃げても追いかけてくる舌は私を絡め取る。
息をするのも許さないキスに苦しくなり胸を叩くと唇が離れた・・・
本当にわからない。
「どうしてキスするの?」
真っ直ぐに見ることができなくて俯きながら聞く私に、黎人は屈んで私の目線にあわせる
「何でだろうな・・・甘いから、かな?」
また唇が重ねられた。今度は優しく触れるキスだった。
「利奈、また明日な」
頬にキスをして部屋を出て行った。
混乱する頭で迎えに来ていた車に乗ると漣兄様はまだ来ていなくて少しホッとした。
顔が熱い・・こんな顔を漣兄様に見られたくなかった。
火照った頬を手で覆いながら窓の外を見ていると黎人と漣兄様が歩いてくるのが見えた。あんなに激しいキスをしてきたくせにいつもと変わらない表情で漣兄様と話している。
黎人は何を考えているの?
“甘い”って何が甘いの?どうして優しいキスをするの?