不機嫌な彼と私の苛立ち(1)
二人の兄から松本利奈は自分の妹だと宣言されたその日のうちに噂は学園中を駆け巡り、私の環境は自分でも笑ってしまうくらい一気に変わった。
今まで私には見向きもしなかったクラスメイトが愛想よく話しかけてきたり、教師達の態度も変わったような気がする。「剣崎」という名前の大きさを改めて感じさせられる。
靴入れに山のように入っていた漣兄様のファンからの手紙はピタリと止まり、入れ替わるように黎人ファンからの手紙が入るようになり、史兄様からもらった(?)空き教室で手紙の整理をするのが新たな日課になりそうだ。保健室で手紙を開くのは黎人本人に遭遇しそうで危険すぎる。黎人だってこんな手紙を見たくないだろうしね・・
今日はお昼休み前の授業が自習だったから、教室を抜け出してここに来ていた。
まだ開封していない手紙を箱に入れてソファに横になり、目を閉じているとドアがノックされた。
ここに来るのは香織しか思い当たらないから「開いてるよ」と言うと扉が開き、一人ではない、数人の足音が聞こえた。
「へ~、これが開かずの間ね・・」
その声に目を開くと目の前に香織が立っていて両手を合わせて「ごめんね」と謝っていた。
「カフェテラスに行く前に利奈を迎えに行こうと思ったら先輩達と会っちゃって・・」
ごめんね。という香織に首を横に振った。
「香織、秘密にするつもりだったわけじゃないからいいの。謝らないで?」
「利奈、この部屋って兄貴が作らせた部屋だろ?」
目の前に立つ漣兄様に向かって手を伸ばすと、私の手を引いて身体を起こしてくれた。
「史兄様から好きに使っていいって言われて鍵をもらったの」
「兄貴は利奈に激甘だよな・・」
漣兄様と黎人は目の前のソファに座って部屋を眺めていた。
二人を見ながら、手紙を入れた箱を隠しておかなきゃ・・と思った。
漣兄様のファンからの手紙は躊躇なく処分できたけれど、黎人ファンからの手紙は処分してはいけないような気がしてここ何日か受け取った分は箱に入れていた。
『自分勝手な思い込みと意見の押し付け』そればかりな内容だけれど、この手紙には『黎人への想い』が込められている。
自分でも何故そう思うのかはわからないけどシュレッダーで細切れにするのは彼女たちの想いもズタズタにしてしまうような気がした。
どうしてそんなことを思うのだろう?自分でもわからなくてイライラする・・
眼を閉じて苛立ちをやり過ごしていると携帯から友達用に設定している着信メロディが流れて画面を見ると祐介からの電話だった。
「もしもし?どうしたの?」
『今日の放課後、練習試合で桃陵に行くから見に来いよ』
翔慶学院みたいな強豪校と頻繁に練習試合をさせるなんてウチの学校も気合入れてるんだ。お金かけてるんだろうな
「わかった。楽しみにしてるね」
電話の向こうで雅樹が何か言っている声がした
『ちょっと待って』
そう言うと祐介と雅樹が何か話をするのが聞こえて
『利奈?』
電話を替わった雅樹が私に問いかけた
「うん」
『チョコとイチゴどっちがいい?』
質問の前置きをしなさい。と突っ込みたかったけれど雅樹はいつもこんな感じだ。チョコとイチゴ・・どちらも捨てがたいね。
「・・・両方?」
『言うと思ったよ』
なら聞かなきゃいいのに。雅樹は電話の向こうで笑いながら
『学校の近くに利奈の好きなドーナツ屋ができたんだ。買って行ってやるから心を込めて応援しろよ?』
そういう事なら心から応援してあげよう!
また祐介達のプレイを見れると思うと楽しみで頬が緩んだ
「うん。待ってるからね」
そう言って電話を切り、ドーナツを想像してにんまりとしてしまった。
「利奈、誰?」
「祐介と雅樹。バスケの試合で来るんだって」
兄様に聞かれて答えてから、しまった!と思ったが遅かった。
「祐介?雅樹?」
漣兄様は眉をひそめて聞いてきた。
男だっていうだけでこの表情・・王子様キャラが完全に崩壊している。
「うん、友達。中学で同じクラスだったの。今日、放課後に試合を見る約束したから」
下手にごまかすと、とてもしつこく探りを入れられるので正直に答えると、香織が慌てて言った。
「利奈、今日は午後から球技大会のグループ決めだよ?その後は練習」
「え~・・・」
ヤダ・・ちゃんと応援しないとドーナツ貰えないよ?
それに球技大会が近いということすら今知った。そんなこといつの間に決まったの?
教室の鍵を閉めて4人でカフェテラスへ向かった。
「利奈は運動神経がいいから、きっといろんな競技から誘われるよ。大変だね」
「私、球技って苦手だよ・・・バスケは雅樹と祐介が教えてくれたから遊びでできるだけ」
香織は意外!という顔で私を見る。
私は駆け引きがとても苦手、戦略なんかたてられない。スポーツは“直球勝負に限る!”と思っている。
祐介と雅樹には利奈は単純だからな。と良くバカにされる・・
「テニスは?上手だよね?」
「何となく。たまに兄様達と遊んで教えてもらったの」
「お前・・・遊びであのレベルかよ」
黎人が私を睨んでいた。
「・・・本当に苦手だから球技大会は応援でいいよ」




