譲れないもの(7)
「去年、私は学校で怪我をしたの。その時ママと連絡がつかなくて・・・学校は仕方なく剣崎の家に連絡をして私は一時的にパパに引き取られた。ママに連絡がついたのは事故が起こってから2週間後だった」
ぎゅっと手の中にあるリングを握りしめた。
「ママは『何故父親に会った。兄に会った』って私を責めて『一人で入院できるはずだ』って怒った。そして怒りに我を忘れて本心を言ったの『剣崎の男を憎んでいる。私を連れて家を出たのは剣崎の男に復讐するため。娘を欲しがっていた父親と妹を可愛がっている兄達から私を引き離す為に私を連れて家を出た』そう言われた」
あの時、ママは私の怪我には一言も触れなかった。
ただ、剣崎の人間と会ったことを責めたてた。
「小さい時、漣兄様と屋敷の中で遊んでいた時に使用人の噂話を聞いたの。ママの結婚は幸せじゃなかった。『政略結婚が生んだ悲劇』・・使用人はそう言っていた。あの時は分からなかったけど今なら分かるの。あの噂話は多分本当の事を言っていたんだと思う。ママは剣崎を憎んでいる」
噂話では、ママは結婚する前に恋人がいて、私のお祖父様達にその仲を引き裂かれたと言っていた。ママの恋人は剣崎グループ傘下の会社社長の息子だったって。剣崎のお祖父様は松本のお祖母様の血筋を望み、松本のお祖父様は剣崎の後ろ盾を望んだ。
お祖父様達が亡くなっている今、パパとママしか本当の事は知らない。
ママが本心を漏らした時に思ったんだ。ママにとって私は復讐の道具でしかなくて、目的さえ遂げることができれば私はいてもいなくても関係ない。だから娘を放置して男のところを渡り歩く。・・そうだよね?・・ママは『会いたいと思っても会えない苦しみを味わえばいい』そうも言っていた。それは私にも向けられている言葉なのでしょう?
「黎人は自分の母親から『憎んでいる。辛い思いをして苦しめばいい』って言われたらどんな気持ちになる?」
彼は答えなかった。答えない代わりに目尻に滲んだ私の涙を指で拭った。
「この事は兄様達には聞かせたくない。気がついているかもしれないけど言えない。ママは兄様達をあの子としか呼ばないの。自分の息子なのに絶対に名前を呼ばない」
黎人は私を強く抱きしめた。
引き寄せられるまま、胸の中に顔を埋めると温かくて、シトラスの良い香りがした。
「それからか?発作が出るようになったのは」
胸に顔を埋めたまま頷いた。
リングを握りしめたままの手の上に自分の手を重ねて、宥めるように親指で私の手を撫でた。
「足を怪我して不安でどうしようもない時にママからこの事を言われて、自分の中で何かが途切れてしまったような気がしたの。苦しくて、呼吸ができなくなっていたの。何回考えても答えが出なかった。パパと兄様達も大切だけどママを切り捨てることはできなかった・・・私はどうすればいい?考えれば考えるほど苦しくなった・・・」
こんなこと、誰にも言えない。兄様達に話したら絶対に傷つける、パパに話したら自分を責める・・
「無理に聞いて悪かった・・・ごめん」
あの頃は訳が分からなかったけれど、今なら理解できる。
-育児放棄- 今ならその言葉を知っている。自分の事だと理解した。
ママが憎いのは剣崎の男達だけじゃない。剣崎の血を引く私も憎いと思っている。
育てることを放棄されている私に心を痛めるパパ達を見てママは溜飲が下がるのだろうか?
黎人は私を強く抱きしめて、もう一度「ごめん」と小さく呟いた。
車が剣崎の屋敷に着くと黎人の腕が解かれ、私は彼に頭を下げた。
「黎人、送ってくれてありがとう」
車から降りようとすると黎人もドアを開けて降りようとしているので慌てて止めた。一緒に来るつもりじゃないよね?そんなことしたらダメだよ
「一人で乗りこむつもりか?漣が家にいるのに発作が起きたらどうする?」
その時はその時。一番優先なのはママを止めること。車を降りようとしている黎人の手を掴んで引き、首を横に振った。
「巻き込むわけにはいかないでしょう?」
私がそう言うと口角を上げてニヤリと笑った。いつものオレ様な笑みに私も笑いたくなった
「発作が起きたらまた止めてやるよ」
そんなこと、できるわけないのに・・そう言ってくれる黎人は優しい人なんだと思った。
「利奈が一番守りたい、手放したくないと思う物を守ればいい。オレならそうする」
私の目を見つめながら言う黎人の言葉に頷いた。
「そうだね・・ありがとう黎人」