譲れないもの(5)
車が着いたのは黎人の家で、皆川邸は純和風のお屋敷だった。腕を引かれて家の中に入ると、黎人を出迎えた年配の女性は私を見て驚いていた。
「黎人様、こちらのお嬢さまは・・・」
「漣の妹。利奈、早く来い」
挨拶もそこそこに、引きずられるようにして黎人の部屋に連れて行かれた。
「適当に座ってて」
黎人はそう言うと部屋の中にある扉を開けて隣の部屋に入ってしまい、私はソファに座り部屋を見回した。
純和風の家だけど、この部屋は洋室になっていて、部屋の中程にあまり大きくないオーバルテーブルが置かれている。壁面には作り付けの書棚があり、洋書や難しそうな専門書が入れられていた。部屋の奥にはソファとテーブルがあり大きな窓からは日本庭園が見えた。
シンプル過ぎる部屋。そんな印象の部屋だった。テーブルの上にはノートパソコンが置かれていて、レポート用紙や辞書が乗せられていた。これがなければ誰かの私室だとは思えない。使われていない部屋みたいだ。
ここまでシンプルだとかえって潔いのかもしれない。そう思って部屋を眺めていると黎人が私服に着替えて戻って来て、私を見て口角を上げて笑った
「漣の部屋と正反対だろ?」
そう言われてもう一度部屋を見回した。確かに・・漣兄様はお気に入りをあちこちにディスプレイしておく人かも。
「そうですね・・」
ドアがノックされて黎人が返事をすると、先ほどの女性がお茶道具を乗せたワゴンを押しながら入ってきた。
「失礼いたします」
「夏江さん、ここはもういいよ」
黎人が立って、夏江さんと呼ばれた女性からワゴンを受け取っていた。夏江さんは部屋を出て行き、代わりに黎人がカップに紅茶を注ぎながら目線だけをこちらに寄越した。
「紅茶でいいか?」
「はい」
黎人は視線を戻して紅茶を注いだカップを私の前に置いて私の隣に座り、私は淹れてもらった紅茶を一口飲んだ
「美味しい・・」
ソーサーとティーカップをテーブルに置いて、隣に座る黎人に体を向けた。用事を済ませなければいけない。
「皆川先輩「先輩はやめろ。黎人でいい」
私の言葉に覆いかぶせるように言った。
「私の携帯を見かけませんでしたか?一昨日保健室で使ったのが最後で見当たらないんです・・」
「ああ・・・あるよ。保健室で拾ったけど利奈が発作を起こしたから返しそびれた」
黎人はシャツの胸ポケットから携帯を取り出して私の手に乗せた。
「ありがとう。捜してたの」
携帯の電源を入れて着信を確認するとメールがたくさん入っていた。後でチェックしようと思い携帯を制服のポケットにしまって黎人の顔を見た。
「どうして私をここに連れて来たの?」
用事ってなに?それにさっきの答えも聞いていない。
「聞きたいことがあるから。漣に聞かれたら困る話だからな・・」
そう言って笑みを浮かべたけれど、黎人は自分の膝に肘をついて少し前に屈むようにして自分の手を見ていた。私に何かを聞く。という様子ではなさそうなので、先に自分が聞きたいことを聞いた。
「昨日、黎人は保健室で・・・・会ったの?」
何となく、「剣崎理事に会ったの?」と聞きにくかった。
黎人は顔だけをこちらに向けて問いかけた
「剣崎理事のこと?」
私は頷いた。
「会ったよ。利奈は自分の娘だって聞いた。発作の事も言わないで欲しいって頼まれた」
パパは私の事を話したんだ。パパが頼んだから黎人は兄様に黙っていてくれるんだ。少し安心していると、黎人が「リングを見せて」と言ったので私は首からネックレスを外して黎人の手に載せた。黎人はリングの刻印を確認して苦笑いを浮かべた。
「学園中の女子生徒が欲しいと思っているリングがここに揃ってる・・・漣が持っているリングは?」
「あれは、松本利奈の名前で刻印がされているリング。今私がつけているのは兄様達が新しく作らせた剣崎利奈の名前が刻印されているの」
黎人からネックレスを返してもらい、お守りのリングを握った。
「・・・漣が心配していたんじゃないのか?」
黎人がリングが握られている手を見ながらボソリと言った。
「うん・・・お昼休みに会ったから大丈夫。」
「発作を起こすのは、・・・漣にも言えない悩みか?」
これが黎人の聞きたいこと?
私はリングが握られている手をもう片方の手で上から覆うようにしてぎゅっと握った。
「言わない」
問われても顔を上げずに答えたら肩を掴まれて黎人の方に向けられた。私の目を真っ直ぐに見て問いかけてきた。
「どうしてだ?昨日も今日も漣はイラついていた。心配しているからじゃないのか?」
答えたくなくて強く手を握りしめると手の甲に爪が食い込んで痛かったけれど、その痛みのおかげで冷静になれる気がした。
「誰にも言わないって決めてるの」
心配かけているのは分かってる。二人は私を守ろうとしてくれる。だから兄様達には言わない。
「黙っていられる方が傷つく事だってあるとは思わないか?もしも漣の前で発作が出たらどうするんだ?」
お昼休みの事を思い出して、兄様に対して申し訳なく思ったけど、私は首を横に振った。知ったら傷つかないわけないよ・・・
「オレは漣が傷つくのは嫌だ。妹だろうとオレの親友を傷つけるなよ」
その言葉に少し驚いた。そんな風に友達を思ってくれるんだ。
兄様はいい友達を持ったね。