譲れないもの(1)
下駄箱に手紙が入っていた。どうやら本格的に始まったらしい。
それを見て、小さく息を吐いた。いつかは来る、そう思っていたから何とも思わない。
予想していたよりも手紙の数は少なかった。
手紙を手にしたまま保健室に行き、部屋の隅にシュレッターがあるのを見つけてここで処理をしようと決めた。
「お、具合はどうだ?」
「いろいろとありがとうございました。とりあえず落ち着きました。・・・先生、私の携帯落ちていませんでしたか?」
「携帯?なかったぞ」
私の携帯はどこに行ってしまったのだろうか?
もし拾った人が携帯の電源を入れて、兄様達から電話が来たら驚くだろうな・・
いや、二人の番号とアドレスが流出したら大騒ぎになるんじゃないだろうか?
早く回収しなければいけない。それにしても、どうして同時にいくつものことが起こってしまうのだろう?
順番に起こってくれればいいのに。そうすれば一つ一つ対処できる。
少し苛立ちながら手紙を机に置いた。
「これ、なんだ?ラブレターか?」
先生は手紙を指差しながらニヤニヤと笑った
「え?ラブレターじゃないですよ、先生。これは嫌がらせでしょ?漣兄様に近づくなっていう内容だと思う」
「え?」
先生は片眉を上げて不機嫌そうに机に置かれた手紙を眺めていた。
ハサミを借りて慎重に手紙を開けると、中からいろんなものが出てきた。
「女って怖いな」
先生は眉を潜めて見ていた。
定番のカミソリ、何故か髪の毛・・・手紙には“漣様に近づくな”とレポート用紙に赤色の乱暴な字で書かれていた。まるで示し合わせたように同じような内容の手紙達。一枚のレポート用紙を蛍光灯の光にかざして見ると、うっすらと前のページに書かれていたらしい筆跡が写っていた。
「名前が写っているのか?」
「ん~・・3年生らしいですけど、名前までは・・」
私は手紙と中に入っていたものを燃えるものと燃えないものに分別した。
彼女達はこの程度の事で気が済むのだろうか?私から見るとこんなものは何とも思わない。それともこれからやり方がエスカレートしてくる?
さっき主治医の先生から聞いたことを思い出したので聞いてみることにした。
「先生、T大の向井さんってご存知ですか?私の主治医なんですけど」
聞くと先生は笑った。
「知ってる。面白い・・というか、滅茶苦茶な先輩だったよ。松本の主治医だったんだ?」
この発想の軽さは先輩譲り?それとも校風だったりして・・
私は手紙をシュレッターにかけた。
「先生、カミソリはどうしたらいいですか?」
「そこに入れといて」
床に置いてある箱を指したので、指を切らないように気を付けながら箱に入れていると先生は少し真面目な顔をして言った。
「松本、苦しくなったら我慢しないですぐに来いよ?」
「はい、ありがとうございます。教室に行きますね」
「おう」
向井先生と竹本先生は軽いけど、いい先生だ。
教室に行くと香織が心配そうに駆け寄ってきた。
「利奈、大丈夫だった?」
「心配かけてごめんね。貧血だから大丈夫だよ」
香織ににっこりと笑いかけると、違う違うと首を横に振った。
何が違うの?私何かした?
「そっちもだけど、一昨日だよ?」
『皆川先輩・・・』小さい声で囁かれた
「一昨日?・・え?ああ・・・なんで?」
どうして香織が美化委員室での事を知っているのかと一瞬身構えた
『制服のリボン忘れて行ったでしょ?怒られなかった?』
あ、それか・・・見られていたのかと思って動揺した。
「怒られたけど大丈夫だったよ」
そう言うと香織は安心したように小さく笑った。香織ちゃん、本当は違う意味で大丈夫じゃなかったんだ・・・
本当は香織に言いたい。『オレ様男に強引にファーストキス奪われた!一発殴ってやりたかったのにできなかった!悔しい!!』って叫びたい。
学校に来て思い出したこの腹立たしい気持ちをどうやって鎮めようか?そう考えながらもう一つの事を思い出した。
「利奈、どうしたの?やっぱり皆川先輩にすごく怒られた?」
香織に聞かれて首を横に振った。
違うんだよ、香織・・黎人に会って“発作の事を誰にも話さないで”ってお願いしなければいけない事を思い出して憂鬱になったの。
そんなことは言えないから、今一番頭にあることを話した。
「香織・・・私携帯なくしちゃったみたい」
「だから一昨日からメールしても返事が返ってこなかったんだね?心当たりは捜したの?」
「昼休みにもう一度捜してみる」
授業が始まる予鈴が鳴り、私達は席についた。
昼休み、カフェテラスでランチを食べながら授業中に思い出した疑問を聞いてみた。
「香織、どうして皆川先輩は私のリボンを持っていたの?」
黎人は確か「教室に落ちてた」って言っていたような気がするけど3年生がどうして1年の教室にいたの?
「一昨日は風紀の日だったでしょう?理由はわからないけど、剣崎先輩と一緒に皆川先輩も来たの」
そこで、一昨日私が教室を出た後の出来事を教えてもらいため息をついた。
リサが私だとばれたのは、私の不注意だ・・・
「だからね?利奈が皆川先輩に気に入られて、捕まっちゃうんじゃないかって心配してたんだよ?」
知らないはずなのに、妙に的を得ている事を話す香織が少し怖かった。やっぱり本当は見てたんじゃないの?って思えてしまう。
「・・・捕まったらどうなると思う?」
恐る恐る聞くと香織は少し考えて、にっこりと笑った。
「う~ん・・・気が済むまでイジリ倒されちゃう。・・とか?」
「香織ちゃん、笑えないんですけど・・・」
私はこれからイジリ倒されるのだろうか?
「だから心配したんだよ?」
「ありがと・・・私、携帯を捜しに行ってくるね」
カフェテラスを出て携帯を捜すためにもう一度保健室に向かった。
「松本さん、何してるの?」
歩いていると呼び止められた。
振り返ると漣兄様だった。
既に掲載されている各章を見直し、改訂致しました。会話や流れは変わっておりません。