放たれるコトバ (4) side:黎人
朝、保健室にある冷蔵庫に飲み物を補充しに来るとベッドが置いてあるところから“カシャン”と何かが落ちる音がした。
床を見ると携帯が落ちていたので、拾い上げて落とした奴に声をかけた。
「おい、落ちたぞ」
携帯をベッドに置こうとして手が止まった。
「利奈?」
ベッドの上で蹲り、胸を押さえて苦しそうに呼吸している。
--違う、呼吸が出来ていない?
「利奈、利奈?」
肩を揺さぶって自分の方を向かせた。
苦しそうに浅く呼吸を繰り返すがどんどん顔色は悪くなっていく。
オレの声が聞こえていないようだ。
「利奈・・・お前・・・落ちつけよ。利奈!」
強く肩を揺さぶると、うつろな目でオレを見た。
見た、というより顔を上げただけだ。
オレに顔を向けているのにオレだと認識していない。
自分が認識されていないことに焦れた。
「わかるか?」
顔を近づけて聞くと、やっとオレを見た。
「利奈。・・・しっかりしろよ、オレが分かるか?」
「・・・と」
体が震えていた。
思わず、その細い肩を抱きしめた。
今、彼女を支配している感情から意識を逸らせたくて関係のない事を問いかけてみる。
「利奈、オレの名前は?・・・」
「あきと・・・」
少し呼吸が穏やかになると、利奈は大きく息を吐いた。
オレは利奈をなだめて保健医の執務室の扉をノックした。
「はい」
難しい顔をして保健医が出てきた。
「皆川か・・・悪いな、取り込み中だ」
また部屋の中に引き返そうとする保健医の肩に手をかけて振り返らせてベッドを指差した。
「・・・取り込み中に松本が発作を起こしたけど?一応治まったけど・・・あれ、過呼吸だろ?」
保健医がベッドへ走って行った。
「松本?松本!」
保健医の必死な声に、自分もベッドへ走ると利奈は意識を失っていた。
「利奈!」
オレの脇からスーツを着た男の人がベッドに駆け寄った。
「利奈?」
男の人が声をかけると利奈がゆっくりと目を開けて言った。
「パパ?」
パパ?この人が父親なのか?
「利奈・・・帰ろう」
利奈は小さく頷くと、またゆっくりと目を閉じた。
利奈を抱き起している人を見て驚いた。
この人は漣の父親・・・剣崎グループの会長?
漣の父親は携帯で誰かと話し始めた。
「今すぐに車を回してくれ。それから利奈の主治医に連絡をしてこれから連れて行くと伝えてくれ。――史明と漣にはまだ言うな・・・ああ、そうだ」
電話を切ると漣の父親はオレに顔を向けた。
「君は・・・皆川君だったね?この事はまだ漣には黙っていて欲しい・・・」
オレの名前を覚えていてくれたことにも驚いた。オレは疑問をぶつけることにした。
「利奈、さんは・・・漣の」
きっぱりと漣の父親は言った。
「利奈は私の娘だ。漣と利奈は兄妹だ」