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あの日の面影 (5) side:漣

「漣、利奈が学校を早退している。何か聞いていたか」


ホテルに着いてすぐに兄貴に聞かれて首を横に振った。


「具合が悪いのか?」


「屋敷に戻っていない。おまえの運転手は利奈を迎えに行っていないと言っている」


登下校がオレと一緒の利奈は、オレが学校を休んだ時もオレの運転手が送り迎えをしている。

早退しているのにオレの運転手が迎えに行っていない。


…心当たりは一人しかいない。


あいつ…オレ達がいないのを狙って利奈を連れ出したのか?カッとなり、携帯を手にしたが兄貴に止められた。


「皆川君は利奈との事を父さんに申し出て許しをもらっている。勝手に連れ出したらすぐに父さんの耳に入るのは分かっている筈だ」


確かに、アイツはバカじゃない。

だったら、誰が利奈を学校から連れ出したんだよ!?


「父さんに聞くしかないだろう」


兄貴と一緒に親父の部屋を訪ねると、秘書が何やら親父に報告をしていた。

オレ達が部屋に入ると早々に話を切り上げさせて秘書は部屋から出て行った。


「利奈が学校を早退しています」


兄貴が言うと、親父は書類に目を通しながら「報告は受けている」と返していた。


「屋敷に帰っていません」


「ああ、分かっている」


利奈に甘い親父は、利奈が欲する物は何でも与えるんだろうか?

それが、自分の娘を欲しいという男であっても。


「利奈を早退させたのは私だ」


親父は書類から顔を上げて、まだ立っていたオレ達を見てフッと笑った。


「史明、漣…そんなに怖い顔をして睨むな。早く座りなさい」


オレと兄貴がソファに座ると、親父はオレ達を見てまた笑った。


「利奈の行動が把握しきれないと不安か?」


「親父は心配じゃないのかよ」


「把握しているから心配ではない。…そうだな?史明」


「何の事ですか」


兄貴が構えている。

親父は何を言いだすんだ?


「利奈がクラブに通っていた時、おまえは店を買い取って自分がオーナーになった。だから冷静に一歩引いたところから利奈を見ていられた。違うか?」


「そうですね…」


親父に知られないように手を回したつもりだったのに、この人には全部筒抜けになるんだな…


「それと、利奈が屋敷に帰ってないのは関係あるのかよ」


「漣、口の利き方に気を付けなさい。…利奈は今、皆川君と一緒にいる」


「どうしてだよ」


「利奈が泣きじゃくって私の秘書では対応しきれないから。皆川君なら利奈の涙を止められるからね」


「父さん、わざとややこしくするのは止めて下さい」


兄貴が珍しく苛立っている。

親父はそれを感じているからなのか、笑みを浮かべて兄貴を見ていた。


「…今日、お前達の母親が日本を発った。利奈から別れの挨拶をしたいと言われて許可した。だから学校を早退して空港に向かった」


あの女が日本を発つ。


そう聞いても利奈のように挨拶をしようなんて考えは微塵も浮かばない。きっと兄貴も同じだろう。兄貴は表情を変えることなく聞いていた。

オレ達にとってあの女は遺伝子上の母親、利奈を辛い目に遭わせた女。それだけだ。


「どうして皆川君が一緒に居るんですか。父さんの秘書で充分でしょう」


「…利奈が発作を起こした時の為だ」


発作?


「何の事ですか」


「利奈は過呼吸の発作を起こす事がある。情けないことに私も知らなかった」


何だよそれ…


「皆川君は学校の保健室で利奈が発作を起こす時に居合わせたんだよ。彼は利奈から、利奈が抱えていた事を聞いて総て承知した上で私に利奈の傍にいたいと申し出てきた」


誰よりも利奈の近いところにいると思っていたのに横から他人に掠め取られた。そんな気がして腹が立った。


「何が原因で利奈は発作を起こすんですか」


「…史明、分かっていて聞くのか?」


兄貴は眉根を寄せて遠くを睨んでいた。

利奈が心を痛めるといったら『怪我と母親の事』これしか思いつかない


「母親と私達の板挟みになっていたんだよ。ずっと苦しい思いをしていたのに、行動に移すことを躊躇ったばかりに利奈には辛い思いをさせた」


「瑠美子が利奈を返せと屋敷に乗り込んできたとき、利奈は瑠美子に初めて自分の想いを口にして、発作を起こした。その時も皆川君は傍にいて利奈を支えていたよ」


あの時…兄貴が黎人に言ったにも拘らず家に戻ってきた利奈。オレ達が知らないところでそんなことがあったなんて…利奈はどんな気持ちでいたんだろうか?

考えるだけで胸が苦しくなりそうだった。


「彼の利奈に対する想いは本気だと思ったから、今日、母親に会いに行く時も傍にいたいと言われて許可した。会った後に利奈は泣きじゃくっていたそうだよ。…だから、利奈の事は彼にお願いすることにした」


「どうしてオレ達に言わなかったんですか!」


「何を言えばいいんだ?利奈が何を望んでいたか知っているのか?」


利奈が望んでいた事。

『家族一緒に暮らしたい』それは分かっていた、でも叶わないことだっていう事も利奈は理解していた筈だ。


「利奈が悩んで一人で答えを見つけようとしているんだ。お前達の考えを押し付けるべきじゃない。母親を否定する言葉を聞かせたくなかったんだよ」


息子を捨てたも同然のあんな女でも、利奈にとってはずっと一緒に暮らしてきた母親。


オレも兄貴も何も言えなかった。



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