あの日の面影 (3)
扉を閉めた途端、涙が零れた。
さっきまで、泣きたい気持ちじゃなかったのに…扉が閉まったらお別れなんだって急に寂しくなった。
「っ……」
パパとママが好きなの。兄様達と一緒に居たかっただけなのに…
どうしてこんなに上手く行かないんだろう?
「利奈様」
差し出されたハンカチを受け取って秘書を見ると、凄く心配そうな顔をして私を見ていた。
「ちゃんとお別れしたよってパパに伝えてね」
そう言って笑うと、彼も笑みを浮かべて頷いていた。
「畏まりました」
ママがいた部屋から少し離れた所にある部屋で黎人は待っていてくれた。
「頑張ったな」
せっかく涙が止まりそうだったのに、黎人に頭を撫でられたらまた涙が溢れてきた。
「利奈、おいで」
伸ばされた黎人の腕の中で泣かせてもらった。
「…学園にお戻りになりますか?」
やっと涙が収まった私を見て、秘書が聞いたけれど、私の代わりに黎人が答えていた。
「無理だろ」
黎人の胸から顔を上げると、真っ赤になっているだろう私の目を見た秘書が小さく息を吐いた。
「そのようですね」
私もこんな顔で学校に行きたくない。
「漣達は?屋敷を出たんだろ?」
「はい、間もなく到着されると思います」
「鉢合わせをするのはマズイよな。漣達が控室に入るまで場所を移すか…」
黎人に連れてきてもらった展望デッキで空と飛行機を眺めていた。
涙で濡れた頬が風に撫でられる度に気持ちが軽くなって行くような気がした。
黎人が言う通り、お互いの考えが変わってまた会える日が来ればいい…
「何してんのお前」
フェンスに向かって胸の前で両手を組んでいる私を見て黎人は不思議そうに見ていた。
「…お祈り」
「何に?」
青い空と風に…って言ったら笑うよね。
「…」
私の考えている事がお見通しなのか、黎人はフッと笑って私が見ていた空を見上げた。
「今度、漣がガキみたいな事を言ったら殴っておいてやるよ」
そう言いながら私にカップを手渡してくれた。
「甘い物飲んだら気分が落ち着くだろ」
「ありがと」
この人と両想いになれて良かった。
黎人と一緒に飛び立っていく飛行機を見ていると、黎人の携帯が鳴った。
「ハイ……分かった。これから空港を出る。利奈は門限までには帰す―――それ位いいだろ?漣には誤魔化しておいてくれ」
誤魔化す!?なんていう事を話してるの!
…でも、彼なら漣兄様を誤魔化すなんて朝飯前かもしれない。史兄様なら無理だろうけど…
黎人に連れて来られたのは空港から少し車を走らせた、人気エリアにあるホテルの一室。
どうしてホテルのスイート!?
「昼、食べてないだろ?」
「だからって、スイート?」
「一番いい部屋じゃないけどな。ここは姉貴の旦那が経営しているホテルだから気にするな」
口が悪いから忘れちゃうけど、黎人って良家の御曹司だった。
窓から見える景色を見ながら溜め息をついた。ココから見る夜景は凄く綺麗なんだろうな…
「美姫さんは凄い人の奥さんなんだね」
そう言うと黎人は私に手招きをした。
「利奈はもっと凄い人の娘だろ」
ソファに座っている黎人の前に立つと、頬を撫でながら笑っていた。
「パパはパパだよ」
「そうだな。利奈は、オレの利奈だ」
私を自分の隣に座らせると、髪を撫でながら甘く囁かれてキスをした。
触れるとすぐに離れてしまった唇を見ていると、私の髪の中に指を入れて自分に引き寄せた。
「利奈」
掠れた声で呼ばれて黎人を見ると、熱い眼差しで私を見つめていた。
「…足らない」
「え?」
「利奈が足りない」
それを言うなら、私も黎人が足らないよ。
二人で会える時間なんか殆ど無い。
黎人の背中に腕を回すと、黎人は苦しそうに息を吐いた。
「…利奈が欲しい」
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