あの日の面影 (2)
「利奈様、参りましょう」
「オレが送って行く」
迎えに来たパパの秘書に黎人が言うと、一瞬秘書の表情が固まった。
「皆川様」
直ぐにいつもの柔和な笑みを浮かべて窘めるように呼んだけれど、呼ばれた黎人は強気な笑みを浮かべて私の手を引いて自分の隣に立たせた。
「剣崎会長には話を通してある。心配なら一緒に来ればいい」
私は聞かされてなかった。…というか、最近兄様達がべったりくっついているからパパと話す時間が無かったような気がする。
「利奈、行くぞ」
黎人が言うと秘書が頭を下げた。
「それでは皆川様、宜しくお願い致します。私は先に空港でお待ちしております」
ボソリと「相変わらず固いな…」漏らしていたけれど、聞こえなかったフリをした。敵に回すと、怖いんだから…
「終わったら抜け出すぞ」
耳元で囁かれて「どこに?」と聞きそうになって黎人に手で口を塞がれた。
「心の準備はいいか?」
自分の胸に手を当てた。
大丈夫、落ち着いてる…ママと話をするの。
コクリと頷くと、先回りをしていた秘書からママへ渡すプレゼントを渡された。
「利奈様ご案内致します」
秘書の後を着いて行った。
黎人が私の手を握っていてくれたから落ち着いていられる。
「兄様達は?」
「まだご自宅にいらっしゃいます。空港に向かわれる際に連絡が入ることになっておりますので大丈夫ですよ」
「本当にパパは兄様達に話さないの?」
「さぁ…どうでしょうか。会長の考えがおありだと思います。利奈様、会長はお兄様方の事も考えていらっしゃいますから、そんなお顔をなさいませんように」
秘書に言われて、黎人に頭を撫でられてしまった。
「こちらのお部屋にいらっしゃいます」
「待ってるから」
黎人の言葉に頷くと、秘書がドアをノックした。
「誰?」
「瑠美子様、失礼致します」
扉を開けると煙草を吸っているママがいて、秘書を見て眉を顰めていた。
「何の用?」
相変わらず、3人も子供がいるようには見えない若くて綺麗なママ。
秘書の後ろから、前に出てママの前に立った。
「ママ、私がお願いしたの」
私を見るとママは少しだけ目を見開いた。
今日、ここに私が来ると思わなかった?
「利奈、何してるの…」
「ママにお別れを言いに来たの」
煙を吐き出しながらママは私を見た。
「父親は知っているの?」
「知ってる。パパがママにお別れの挨拶をしてきなさいって言ってくれたの」
私が言うと、ママの顔が悲しそうに歪んだ。
「私といると発作が出るんじゃないの?」
あの時ママの前で発作を起こしてしまった事がママを傷つけたなら…ごめんなさい。
「今は平気…」
「いつまで突っ立ってるのよ、座りなさいよ」
まだ長い煙草を灰皿に押し付けて消しながら言い、私がママの向いに座ると口元に笑みを浮かべてママは軽く首を傾げた。
「利奈、あんたはこれで満足?」
ママだって…パパからの条件を承諾したんでしょう?
「…今は分からない。ママ、欲しいもの全部は手に入らないんだよ。それだけは分かった」
「何を分かったような事言ってるのよ」ママはそう呟いて新しい煙草に火をつけた。
「だって、小さい頃からパパとママと一緒に居たい。何回神様にお願いしてもそれだけは叶わなかった。ねぇ、ママ…そうでしょう?」
剣崎家に生まれる。
それは、物質的にたくさんの物を与えられるけれど、本当に欲しいモノは手に入らない。それを欲しがることも許されない。
「だから手に入る方を選んだっていうこと?」
ママの冷たい言い方に、首を横に振った。
違うんだよ、ママ…
「どっちも大事だよ。でも、パパと兄様達は私と一緒に暮らしたいって言ってくれるの。…ママは、私がいなくても平気でしょ?」
目を閉じて聞いていたママは、フッと笑った。
「生意気な子。誰に似たのかしら」
久しぶりにママが微笑んでくれたような気がする。…今日、ここに来て良かった。
ママに負けないように私も笑い返した。
「生意気だし頑固だよ。ママに似たんだもん」
短くなった煙草を灰皿に押し付けて消した。
「まぁ、いいわ。利奈…あんたはあんたで元気にやりなさい」
ママへのプレゼントをテーブルに置いた。
「ママも…元気でね」
扉がノックされて、秘書が部屋に入ってきた。
「そろそろお時間です」
秘書に促されて立ち上がると、ママは私を見ていた。
偶にでいいから、私の事を思い出してね?
「ママ…大好きだよ」
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