あの日の面影 (1)
試験も終わり、答案用紙が返って来るまでの静かな日々…
私がここ数日間、悩んでいた事。
ママが明日、日本を発つ。兄様達に気付かれずに空港に行くにはどうすればいい?
私の事を管理している史兄様と、登下校はべったりと私にくっついている漣兄様。
この二人の目を盗んでどこかに行くなんて不可能のような気がする。
夕食後の今も、プライベートリビングで漣兄様は私の隣でコーヒーを飲みながら雑誌を読んでいる。
史兄様は私の向かいで手紙の整理をしている。
二人共、自分の部屋で出来る事なのに、何故かここで過ごしている。
テーブルに置いていた私の携帯が着信を知らせると、史兄様が「メール?」とチェックを入れる。
画面を見て「香織から」と答えるとニッコリと笑い、整理の続きを始めた。
相変わらず、チェックが厳しすぎる…。
ついでに不満を言えば、黎人との時間も作れない。
「オレと兄貴、明日はいないから、香織ちゃんを呼んでウチで食事をすればいい。そうすれば寂しくないだろ?」
読んでいた雑誌から顔を上げて漣兄様が言った。
「お泊りなの?」
二人は学業に支障が出ない程度にパパの事業を手伝っているけど、泊りは珍しい。
「福岡のレセプションに出席する」
ママが日本を発つ日に兄様がいない。
偶然にしては出来過ぎていると思う…パパがそうしてくれたの?
「寂しいなら…利奈も行く?」
漣兄様に聞かれて、我に返って顔を上げた。
「お仕事の邪魔をしちゃいけないから、学校に行く。夏休みに入ったら連れて行ってね?」
そう言うと、漣兄様が満足そうに笑って私の頭を撫でた。
嘘をついている事に胸が痛んだけれど、パパが作ってくれた時間を無駄にすることは出来ないから「お土産買って来てね」といつも通りにお土産を強請った。
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―――・・
朝食の席で、史兄様と漣兄様が凄く優しかった。
パパは兄様達と私のやり取りを見てニコニコと笑っていた。
私を1人残して皆が出かける時はいつもそうだけど、今日は神経が過敏になっているせいか特にそう感じてしまった。
兄様達は午後に家を出る予定だったから、史兄様に送ってもらって登校した。
学校へは来たけれど、ママはお昼のフライトだったので途中で学校を抜け出す予定。教室には行かずに、いつもの部屋で空港まで送ってくれる事になっている迎えを待つことにした。
「暗い顔だな」
事情を知っている黎人が私の頬を摘まんで遊んでいる。
「……」
無言でジロリと睨めば、ふわりと抱き締められて背中を撫でられた。
「緊張してるのか?」
「少し…それと、罪悪感。…兄様達に言わないままで本当に良かったのかな」
「これが最後みたいな言い方するな。お互いの考え方が変わる時が来るかもしれないだろ?それから会いに行ったって遅くない」
その言葉で、心が軽くなったような気がする。
いつも黎人に救われている。
「黎人」
「分かったか?…おい、利奈、危ないから止めろ!」
黎人の背中に腕を回して、ぎゅーっと強く抱きつくと、バランスを崩した黎人はソファに倒れ込んだ。
「大好き!」
黎人に抱きついたまま言うと、「おまえは…」そう言って大きな溜め息をついていた。
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