想いと想いの狭間 (10)
学校では目立ち過ぎるから、近くにあるホテルのラウンジに場所を移した。
私の目の前に座った美女はニコニコ笑いながら紅茶を飲んでいて、その隣りに座っている黎人は見るからに不機嫌そう。
「雅樹と一緒に香織に教えてもらったお店に行った時に、店から外を見ていたらこのお姉さんが…「利奈ちゃん、美姫って呼んで」
強気な艶やか美女は私を見ながら『可愛いわ~』と繰り返していて、どう扱って良いのか分からずに兄様に目で訴えた。
「利奈、相手にしなくていい。それで?桐生に教えられた店ってどこにあるんだ?」
「K町、美姫さんが倒れたのはS町じゃないですよ…」
その事実を告げると、黎人は眉を吊り上げた。
「てめぇ…場所が全然違うだろ!オレがどれだけイヤな思いをして聞いて回ったと思ってるんだよ?」
黎人が凄く怒ってる。
『本命の彼女を捜している』あの噂は…美姫さんを病院に運んだ人を捜していたの?
「あら、お姉様の恩人よ?捜すのは当たり前でしょう」
…この人、強い。
黎人を抑えつけているのが…凄い。
「オレは一番最初に利奈に聞いたんだよ。場所が違うなら聞いたって意味ないだろ!」
確かにそうだけど…でも、黎人も『救急車を呼んだ』とか、そういう所を聞いてくれれば話は早かったのに。
兄様を見たら、皆川姉弟の言い合いには興味が無いようで携帯を弄っていた。
「…姉貴さぁ……パリに帰れよ。頼むから帰ってくれ!旦那が待ってるんだろ!?」
黎人の、懇願に似たようなお願いを無視した美姫さんは私にニッコリと笑いかけた。
「利奈ちゃん、夏休みにパリに遊びに来ない?主人が所有している島に行きましょうよ」
「行かない」
兄様が即答すると、美姫さんがムッとした顔をした。
「ちょっと、漣君に聞いてないわよ」
「美姫さん、利奈のことは兄貴が管理してるから。利奈と出かけたいなら、兄貴に許可をとるしかないな」
え、そうだったの?
私と出かけるのって史兄様の許可が必要だったんだ…
「残念だったな。史明さんと姉貴は犬猿の仲だもんな…」
「ねぇ、利奈ちゃんは本当にあの男の妹なの?あんな冷徹な男の妹がこんなに可愛いなんてありえないでしょ!」
随分な言われ様に、史兄様と美姫さんの間に何があったのか、心配になってしまう。
「正真正銘の兄妹だよ。兄貴は利奈を溺愛しているからな…」
漣兄様が言うと、美姫さんは心底嫌そうに眉を顰めた。
呆気にとられて兄様と美姫さんのやりとりを見ていると黎人が小さく「利奈」と呼んだ。
席を立った黎人の後に続いて私も席を立つと、エントランスから人目に付きにくい場所へと連れて行かれた。
私の顔を覗き込むと頭を撫でて目を細めた。
「利奈が気にするような事じゃないって言っただろ?」
でも、凄く不安だったんだよ…
「教えて欲しかった。私だけが黎人を好きなのかと思って、辛かった」
「…」
黎人の袖を掴んで、不安だった気持ちを訴えると、黎人が片手で口元を押さえて横を向いた。
「黎人?」
様子が変な黎人を見ると、不自然に目を反らした。掴んでいる袖をぐっと引き寄せると、急に顔を近づけて耳を噛まれた。
「ひゃっ…」
驚いて、耳を押さえると、不敵な笑みを向けられた。
「煽りやがって…覚えてろよ?」
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