想いと想いの狭間 (5)
私は史兄様からもらったあの部屋で、黎人を前にして小さな不満をぶつけていた。
「家に居ると兄様達が離れてくれない。勉強を教えてもらっていると、いつの間にか寝てるの」
ここ数日、どちらかがべったりとくっついていて一人になることが無いと言ってもいい位だ。
「…史明さんと漣ならやりかねないな」
黎人は苦笑しながら「おいで」と手招きをした。
想いを伝えても二人きりになれる時間はほぼ皆無。
漣兄様がパパの仕事の手伝いで学校を早退したからやっと二人になれた。
「兄様達は何かを隠していると思うの」
ソファに座る黎人の隣に腰を下ろすと腕が伸びてきて抱き寄せられて、無言のまま髪を撫でる彼の顔を見ると私から目を逸らした。
「…」
黎人も変。
皆で私に隠し事をしてる!
「帰る」
立ち上がろうとしたけれど、腕を引かれて黎人の腕の中に閉じ込められたままになってしまった。
「貴重な時間を無駄にしてたまるか。じっとしてろ」
「教えて。教えてくれないなら帰る」
強く言うとまた無言になってしまう。
「黎人」
引くつもりはない。そう思って黎人を見ると“仕方ないな”そんな眼で私を見て頭を撫でた。
「…前に覚悟の話をしたよな」
「うん、覚えてる」
黎人に抱き締められながら、私の考えが甘かったことを思い知らされた。
「上田都議に収賄疑惑が持ち上がった。近いうちに逮捕されるらしい。最近のニュースはそればっかりだ」
顔を上げようとしたら黎人に抑え込まれて、仕方なく腕の中で目を閉じた。
「上田って、偶然じゃないよね」
「ああ、おまえの同級生の上田洋子の父親だ。昔から黒い噂があったらしい」
嘘だ、噂なんか関係ない。
黎人の腕を掴むと抱き締める腕に力がこめられた。
「娘の不始末の代償は大きかったな」
やっぱり、そういう事…
「負い目に感じたり…親父さん達を怖がったりするなよ。もしオレが高校生じゃなかったら黙ってなんかいられない。その為には家の名前を使うことだって厭わない」
半年前に考えていたことを言われてしまい、返事が出来なかった。
彼女の父親の職業は知らなかったけど、似たような事が起きるんじゃないか、それを考えると怖かったし、私の為にそんな事をさせてはいけないと思った。
「利奈?」
反応も見せずに黙ったままの私を心配しているのか、黎人が頬を撫でながら私の顔を覗き見た。
「パパと兄様達の事は嫌いにならないし、怖がったりしないよ」
「泣きそうな顔してる」
「泣かないよ」
半年経った今、それが良い事なのか悪い事なのか分からない。でも、私が悲しい事だと思うのは筋違いなのだろうか…
「泣きたいなら泣けよ」
「この事では泣かないよ」
触れるだけのキスをして、目を閉じて黎人に凭れているとシャツの胸ポケットに入っていた携帯の振動が私にも伝わってきた。
携帯を取り出してディスプレイを見ると、眉を顰めていたけれど、携帯を耳に当てていた。
『迎えに来て』
黎人が言葉を発する前に聞こえてきた女性の声。甘えるような声色ではなく強い口調の言葉。
「今からかよ」
『そうよ、早く迎えに来て』
黎人から離れてテーブルの上に置いていた水を飲んだ。
「仕方ねぇな。そこから動くなよ?」
その言葉を聞いて黎人に向けている背中が強張った。
迎えに行くの?
どういう関係なの?そう聞きたかったけれど、答えを聞くのが怖くて部屋を出てしまった。
想いが叶った。
――そう思っていていいんだよね?
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