想いと想いの狭間 (1)
信じられない思いで黎人の背中を見つめていた。
--聞こえなかったなら、コイツらを片づけた後にゆっくりと教えてやるよ--
聞こえた。
しっかりと聞こえたけれど、本当に?
「利奈の足に怪我を負わせたのはあんた達だろ?」
怒りを抑えているような黎人の声に、今自分が置かれている状況を思い出した。
上田と鈴村は動揺した表情を隠せないらしく、鈴村は視線を泳がせ、上田は私を睨みつけている。
そんなに動揺していたら自分が犯人だって言っているようなものだよ。
呆れた思いで彼女達を見ていると、黎人は振り返って私を見た。
私から表情から読み取ろうとしている。そう感じて視線を逸らそうとしたけれど、フッと笑みを浮かべられて逸らせなかった。
「松本、あんたが仕組んだんでしょう!?」
上田の発言を聞いて口角だけを上げて笑むと、また彼女達に向き合った。
「そうよ、私達を陥れるために仕組んだんだ!」
自分達が私に何かをしようと思ってここに来たんじゃないの?眉を吊り上げている彼女達は黎人ではなく私に食って掛ってきている。
その態度が黎人には“肯定している”そうとられているのに…どうしてそれが分からないんだろう?
「私に八つ当たりされるのはいい加減、迷惑なんだけど」
彼女達の思考回路はどうなっているんだろうか?呟いて溜息をつくと黎人が私に背中を向けたまま言った。
「迷惑なら、兄貴かオレに言えばいいだろ」
「兄様に言ったらどうなるか、考えただけでも怖いでしょう?」
史兄様が怒ったら、使える手段を総て使って目的を達成しそうで怖い。
「でも、史明さんと漣に任せたら確実に黙らせてくれるだろ?」
「だから、それが怖いの…」
私の事を大切に思ってくれる。その思いに比例して目的が過激になりそうな気がして怖かった
「そうだな、この事が史明さんに伝わったら、コイツらは学校に通えなくなるだけじゃなく、地元に住んでいられなくなるかもしれないな…お前達、利奈が優しいから今まで学校に来れたんだぜ?」
「権力者でもないのにそんなことが出来る訳ないじゃん!あんた、馬鹿じゃないの!?」
それをやってしまうのがウチの男達だと思う。この事がパパの耳にまで入ったらどうなるんだろう?
「お前達、知らないのか?利奈の…」
パパ達に残酷なことをして欲しくない。
「黎人、もういいよ!」
黎人の言葉を遮ると、後ろから足音が近づいてきた。
「お嬢様“もういい”ではございませんよ?」
スーツを着て立っている二人の男を見てこの場から逃げたくなった。
「そうです。こういう事を曖昧にするから後々面倒になるんです。ケジメをつけるべき時はきちんとしなければいけません」
どうしてここにいるの!?何をしに来たの!
「お優しいだけではいけません。お嬢様に何かあったら、心を痛められるのは誰だかお分かりですか?それから利奈様、同じことを繰り返すのは愚か者のすることですよ?」
パパの秘書と史兄様の秘書が揃って立っていた。
口元に柔らかい笑みを浮かべているけれど、眼は笑っていないし、随分と辛辣なことを口にしているような気がする。
「どうしてここにいるの?」
「お父様とお兄様方が利奈様の事故を疑問に思われなかったとお思いですか?」
二人とも私に向かって笑顔を向けた。
彼等の笑みを言葉にするとしたら、きっとこうだろう。
“分かりきったことを聞くものではありません。調べられる権力を持った者はいるのですよ”
「皆川様にご協力を頂きましたので、案外早く真相にたどり着くことが出来そうです」
「利奈様、皆川様、ここから先は我々にお任せ下さいませ」
二人の秘書が言っている言葉の意味が分からずに、黎人と彼らの顔を交互に見てみたけれど、3人の表情からは何も分からなかった。
「皆川様、利奈様を19時までに屋敷へお連れ下さい」
パパの秘書から言われた黎人は、一瞬嫌そうな顔をしたけれど、すぐに頷いて皆川家長男の顔を作った。
「剣崎会長に宜しくお伝え下さい。利奈さんは私が責任を持ってお連れします」
その言葉に、二人の秘書は黎人に向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「利奈、行くぞ」
そう言うと黎人は強引に私の肩を抱き、歩かせた。
「どうしてパパと兄様の秘書があそこにいたの?」
「前にオレに聞いただろ?その時に、絶対何かあると思った」
肩を抱かれて、引きずられるように歩きながら首を捻った。
黎人に聞いたことって…
「ライターの事?」
競技場の入り口で待っていた皆川家の車に乗り込みながら聞くと、黎人は「違う」と首を横に振った。
「その前。覚えてないのか?」
「あ…」
思い出した。『自分の身に危険が…』なんて、今思えば何かあるって思わせるような事を自分から口にしてしまっていた。
「失敗した。って顔だな?ガキのくせに何でも一人で抱え込むな」
額を小突かれて黎人を睨んだ。
2コしか違わないのに人を子供扱いして!!
「利奈」
ムッとしながら窓の外を見ていたら、優しい声で名前を呼ばれて私は顔を上げて黎人を見た。
「なに?」
「利奈はオレと同じ気持ちだって思っていいのか?」
真剣な目で私を見ている。
――その眼差しが大好きだよ?
「黎人が…好きだよ」
言葉がこぼれてしまった
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