片恋 (9)
「利奈?」
競技が終わり大輝がベンチに着てくれたけれど、私の膝を枕に黎人が寝ていて立ち上がれなかった。
「凄い光景だな」
大輝は苦笑いを浮かべながら黎人を見ていた。
人の膝の上で熟睡しないで欲しい…
「ごめん。退かすね」
黎人の頭を持とうとすると大輝が手で制した。
「いいよ、寝てるんだろ?それより、今日は来てくれて嬉しかった。ありがとな」
私の隣に座り、競技場を見ながら言う大輝に私も競技場を見ながら返した。
「私こそ、大輝の走りが見られて楽しかったよ。ねぇ、終わったら付き合えって言ってたでしょ?」
大輝は私を見たけれど、すぐに膝の上にいる黎人に目を移して小さく笑った。
「今日は止めておく。試験が終わったら連絡するよ」
「うん、分かった」
大輝は急に真面目な顔で私を見た。
「あいつ等来てたけど大丈夫か?何もされてないか」
声のトーンを落として周りに聞こえないように話す大輝に頷いた。
心配そうな顔で私を見ている彼に笑いかけると、眉を顰めて、念を押すように聞いた。
「本当か?何かあったら言えよ、また」
言葉を続けようとする大輝を手で制した。
「大輝が心配しているようなことは起こらないよ」
あの時とは状況が違うから、あんな事は起こさせない。その為に名前を使ったとしても…
「ならいいけど、何かあったら言えよ?九条達も心配してる。他人の事より自分の事を考えろ」
分かったか?と聞かれて頷いたけれど、今も視線を感じている。
大輝からは死角になっているところから見ているんだよね?
黎人がいるこの状況で彼女達はどうするつもり?
「大輝はこの後どうするの?」
今までなら、記録会が終わった後に一緒にご飯を食べに行ってたよね、懐かしいな。
「反省会。利奈は?」
「お買い物」
黎人とお買い物…考えると恥ずかしくなってきた。
ちゃんと普通に振る舞えるかな
「そっか、気をつけて帰れよ」
大輝を見送り、膝の上で寝ている男の頬を摘まんだ。
人が緊張しているのに、自分だけ呑気に寝ているのを見ていたら意地悪をしてみたくなった。
「何だよ」
「記録会、終わったよ?」
欠伸を噛み殺しながら黎人が体を起こすと、膝の上にあった温もりが消えてしまい寂しかった。
「連絡しなきゃいけない所があるから、先に車に行ってて」
そう言うと携帯を取り出してどこかへ電話をかけ始めてしまった。「後でね」と言うと手を軽く振り観客席を後にした。
黎人は『面倒な頼まれ事』って言っていたけど、そんなに面倒なんだろうか?
自分の携帯が震えて兄様からの着信を知らせた。
漣兄様からの電話だった。遅くなるって言わなきゃ…
「利奈です」
『まだ競技場にいるのか?』
「うん、この後に…」
買い物をして帰るから、少し遅くなるね。そう言おうと思っていたけれど、目の前に立った彼女達を見たら、言葉が途切れた。
『利奈?』
『どうした?』と少し心配そうにしていたけれど明るい声で「中学の同級生と会ったから、少し話をしてから帰るね」と言い電話を切った。
「まさか、来るとは思わなかった」
やっぱり、来たね?
「そぉ?大輝から誘われたから来たの」
クスリと笑いながら言うと癇に障ったのか顔を歪めながら私を見た。そんなに大輝の傍に寄る女が嫌い?それとも、私だから?
「あんなに痛い目にあったのに、松本ってバカ?」
「また、痛い目に遭うかもしれないのにね?…っていうか、痛い目に遭いたいんでしょ」
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