片恋 (8)
去年までチームメイトだった選手達が笑いながら私に向かって手を振っていて、私も振り返した。
去年のままなら、私はあの場所にいて笑っているんだろうな。
スタンド席で競技を見ながら、今更考えても仕方のない事を考えた。
もし、あのときパパに前の学校に戻りたいってお願いしていたらどうなっていたんだろう?
黎人に会う事も、好きになることもなかったのかな。
「へぇ、いい走りするんだ。利奈が体張って夜遊び止めさせた価値はあるな」
突然聞こえた声に吃驚した。
黎人の事を考えていたから、幻聴かと思った。
「そんなに驚くなよ」
な…っ、なんでここにいるの!?
「授業は?」
幻聴でも幻でもなく目の前に黎人が立っていた。
「そういう自分はどうなんだ?」
午後の授業を抜けてきた私は言い返せずに黎人から目を逸らした。
どうしてここにいるの?
私の隣に座りペットボトルの水を飲んだ。
「それ、私のっ」
ペットボトルを奪い返すと黎人がニヤリと笑った。
「今更間接キスが恥ずかしいとか?利奈ちゃんは可愛いね」
人の気も知らないで…おちょくりに来たなら帰れっ!バカ黎人!!
「利奈!」
呼ばれた方を見ると大輝が私に手を振っていた。私も振り返すと大輝が口を動かしていた。“終わったら、つきあえ”
私も手を振って“わかった”と答えると、隣から舌打ちが聞こえてきた。
「生意気なガキだな」
黎人が私の手からペットボトルを奪い、また一口、水を飲んだ
“今更”そうなのかもしれないけど、私が飲んでいたモノを彼が飲んでいる。それが妙に恥ずかしかった。
「行くのか?」
差し出されたペットボトルを受け取りながら頷くと、黎人は露骨に嫌そうな顔をした。
「呼ばれたし…“お疲れ様”くらいは伝えたいよ」
「あっそ…待ってる」
聞き間違えかと思った。黎人の顔を見ると頬を摘ままれた。
待ってる。って私を待っているの?
「なんだよ、その顔」
「なんで?」
「行きたい店があるからつきあえ。それに、買いに行きたいんだろ?…兄貴達に内緒で」
ママにプレゼントしようと思っていたライターの話を覚えていてくれたんだ。もしかして、わざわざ来てくれたの?
「一緒に選んでくれるの?」
そう聞くと口角を上げて笑った。それが返事だと思っていいんだよね?
「ありがと、嬉しい」
本当に嬉しかったから素直にお礼を言うと、突然、黎人が腕を私の肩に回した。
「なにっ!?」
「利奈、オレを見るようにして右を見てみろ」
低い声で言われ、何事?と言われた方に目を向けると、そこには見たくない顔があった。
「あぁ…アレ?」
制服を着てスタンドの隅から私を見ている彼女達を見て思わずため息が出た。
「やたらと視線を感じるんだけど、あいつらと知り合いか?」
もう一度彼女達に目を向けると、私を睨んでいた。
大輝の事が好きでしようがない彼女達は今日も本人には何も言わずに見ていて、彼と親しく話す人が許せないらしい。
「同級生だよ」
「友達か?」
友達なんて、冗談じゃない。
首を横に振り、絡まっている黎人の手を外そうとした。
「離して」
「やだね」
「何なのよ」
「面倒な頼まれ事しててストレス溜まってんだ。少しオレを癒せ」
勝手な都合に呆れたけれど、頬が触れそうな程近い距離で言われて、引き寄せられそうになり慌てて顔を逸らした。
「お疲れ様ですね」
可愛くないことを承知で言うと、黎人が私の頭の上で笑っていた。黎人ばかりが余裕なんて悔しい。
「そ、オレはお疲れなの」
そう言うと、腕を外して、身体を離した。
「利奈」
「なに?」
「終わったら起こして」
そう言うとゴロンと横になり、私の膝に頭を乗せると目を閉じてしまった。
こんな場所で恥ずかしいんですけど!?
どうして、ここで膝枕?
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