片恋 (5)
前に聞いた言葉が頭の中で繰り返される。『皆川君があなたを構うのは漣君の妹だから。つけあがらないでね?』
黎人は前に、私を面白い女って言ってた。
漣の面白い妹。
キスは過剰なスキンシップなの?
私の気持を知ったらどういう反応をするの?
「利奈が腑抜けてる」
そう言って私をマジマジと見ている香織をジロリと見た。
「人聞き悪いから…」
そう言って卵焼きを口に入れると、漣兄様と黎人も私を見ていた。
見ないでよ…
「どうしたの?史明さんの家庭教師がキツイ?」
ああ、それもある。
コクン、と頷いてお茶を一口飲んだ。
梅雨だから気が滅入ってる。試験勉強が大変で憂鬱になる…
勇気のない自分に嫌気がさす。
「外見は似てなくても構わないから、せめて頭の中身はもう少し史兄様に似たかったよ」
そう言うと、目の前にいた漣兄様が笑い出した。
「利奈、昨日は寝かせてもらえたのか?」
昨日?今日の間違いだよ。
「一応。ベッドに入ったのは2時だった」
「朝も車の中で寝てたもんな。眠いだろ」
「うん」
コクン、と頷いてお茶を飲んだ。最近、家から学校までの移動時間は私の貴重な睡眠時間となっている。
昨日は私が一番苦手な数学を教えてもらった。
史兄様は分かりやすく教えてくれるけれど、問題ができるまで寝かせてくれない。
一人で勉強していると、余計な事ばかり考えてしまう。
成績の事を考えると史兄様と一緒にいるのが一番いいのかもしれない。
「史明さんて厳しいの?」
香織の質問に大きく首を縦に振ると漣兄様も笑いながら頷いていた。
「厳しいよ。な?利奈」
漣兄様が言い、私はもう一度大きく頷いた。
「そうなんだ。利奈には無条件で甘いのかと思ってた」
香織の言葉にとんでもない!と首を横に振った。
「史兄様は厳しいよ、ちゃんとしてないと怒られるの。特に点数が悪いときに、怒られるよりもあの冷たい笑顔を向けられる方が堪える。ね?兄様」
漣兄様と顔を見合わせて頷きあった。怒らせちゃいけないんだよ?
黎人は何か言いたそうにしていたけれど、私はそれに気づかないフリをしていた。
ポケットに入れていた携帯が震えた。
画面を見ると、また?今度は何?
「ねぇ、また喧嘩?仲直りしたんじゃなかった?」
『バーカ、違うよ。お袋からの伝言』
雅樹のお母さんが何の用事?
首を傾げると香織が小さな声で「中川くん?」と聞いてきたから頷いた。
「何の伝言?」
『この前、ウチにおまえの鞄を取りに来た人いたろ?』
「うん」
史兄様の秘書だよね。
彼がどうかしたのだろうか?
『ファンになったらしい』
「え?」
ファン?それって好意を持つ方のファン?
『--だろ?オレもいい歳して何を考えてんだって思ったよ。利奈、あの人連れてウチに来ないか?っつーかさ、連れて来いってうるせーんだよ。何とかしてくれ』
雅樹のお母さんって…お父さんはどうするの
「私に言われても」
『頼むよ。毎日うるさくて仕方ないんだよ』
う~ん…
「聞いてみる。また連絡するけど、期待しないでね」
『頼んだぞ?』
そう言って電話が切れた。
「中川君どうしたの?また彼女と喧嘩したの?」
首を横に振った。
「雅樹のお母さんからの伝言だった。…史兄様の秘書と遊びにおいで、だって」
「え?彼女じゃなくて利奈?」
困ったなぁ、連れて来いって言われても
「なんでアイツの親が利奈に遊びに来いって言うんだ?」
漣兄様の視線が痛い。
「この前、雅樹が彼女と仲直りする為に買い物に付き合った話は覚えてる?」
漣兄様は頷いた。
どうしてそんなに怖い顔をするの?
「史兄様に迎えに来てってお願いしたら忙しいから自分の秘書を寄越してくれたの」
そう言うと、不機嫌そうに眉根を寄せた。
兄様ってば、王子様が台無し。王子様はいつでもにこやかにしてないとね?
「どうしてオレに電話しないんだ?」
「最初に漣兄様に電話したら話し中だった。だから史兄様に電話したのに。そんなに怒るなんて酷い」
そう言うと、漣兄様は視線を逸らした。
ずるいよ、兄様!そう言おうとしたら、手にしていた携帯が震えた。
また雅樹?そう思って着信画面を見ずに電話に出た。
「もしもし!?返事は今すぐ無理!」
『え?利奈?』
電話の相手は雅樹ではなく大輝だった。
「あ、ごめん。雅樹かと思った・・どうしたの?」
漣兄様の視線が痛い。毎回友達から電話がかかってくる度にそんな視線を向けられるのは堪らない。
横を向いて兄様の視線から逃れて大輝との会話を続けた。
『明後日、時間ないか?』
明後日は、試験前だから部活も委員会も中止だ。
「あるよ。何か用事?」
『記録会があるから見に来ないか?』
記録会?そんな季節か…
「行きたいな」
純粋に見たいと思った。自分の体はまだ出場できるような状態じゃないけれど見たい。
『じゃあ、日程をメールで送るから。来いよ?』
「うん、ありがと。明後日ね」
『じゃあな』
約束通り陸上に戻ってくれた大輝。彼が走る姿を見たかった。