第4話 襲撃者をめっしたい 2
「違います。絶対に違います」
「断言できるか」
「できます」
ガウェインが私を見た。暗い廊下の中で、目だけが静かに光っていた。
「……わかった」
「信じてくれますか」
「嘘をつく顔をしていなかった。それだけで十分だ」
……この人は、こうやって人を信じるんだ。
「ありがとうございます」
ガウェインが少し眉を動かした。
「お前はよく礼を言うな」
「嬉しいので」
「何が」
「信じてもらえることが、です」
ガウェインがまた黙った。松明の火がぱちりと音を立てた。
「……もうひとつだけ、いいか」
「どうぞ」
「お前の目、暗がりでわずかに光った。気のせいではない」
目が光る。
邪神龍の目は暗所で金色に光る。
人間の目には映らないくらいかと思っていたのに、ガウェインさんには見えたのか。
「……そうですか」と私は言った。できる限り落ち着いた声で。
「人間の目ではない。何か、別の——」
「今は、説明できないです」
私は遮った。
「ごめんなさい」
ガウェインが少し止まった。遮られたことを気にした様子はなかった。ただ静かに、私を見ていた。
「……謝らなくていい。いつか話せるときが来たら、話してくれ」
「……はい。いつか、必ず」
ガウェインが頷いた。それで終わりにしてくれた。
深追いしない。押しつけない。ただ「待つ」と言う。
この人は、ずるい。
怒らない。詰めない。ただ待つと言う。
そういう人に弱い。昔からずっとそうだ。
責める人より、待ってくれる人の方が、ずっと応えたくなる。
「……ガウェインさん」
「なんだ」
「今夜、先に動いてくれてよかったです。一人より、全部うまくいきました」
昼食でエルマやリュカに言われたことを思い出しながら、言った。
ガウェインが少し目を細めた。
「昼に言われたことが効いたか」
「……効きました」
「エルマが喜ぶ」
「明日、エルマちゃんに言います」
ガウェインが短く笑った。低い、小さな音だった。
この人の笑い声は、ほとんど音がない。
でも確かにある。
ゲームのグラフィックで見ていたはずなのに、実物で初めてちゃんとわかった気がする。
ガウェイン・ロックは、笑うと顔が全然変わる。
◇ ◇ ◇
ガウェインと別れて、寮への道を歩き始めたところで——気配を感じた。
冥界の魔力だ。今夜の工作員二人とは別の、もっと濃い質のものだ。
足を止めた。
石塀の陰から、人が出てきた。
年齢は私と同じくらい。くすんだ銀色の髪、細い目。制服を着ているから学生だ。でも佇まいが違う。背筋が真っ直ぐで、足の置き方に迷いがない。
口元に笑みを浮かべていた。薄い笑みだ。感情を読ませない種類の笑みだった。
この顔を知っている。
〈灰の牙〉クロエ・ヴァルム。
ゲームでは第二章で初登場する——のはずが、なぜ今ここにいる。
学園の工作員リーダー。そういうことか。
ゲームより全部、動きが早い。
私がいるせいだ。
「待ってたよ」
柔らかい声だった。でも目が笑っていない。
「こんばんは」
「今夜のあれ、全部見てた。うちの工作員が二人、あっさり転がってた。準備室でやったのも、君だろ」
昨日の件まで把握している。
工作員のリーダーとして、部下の失敗をすべて確認していた。
当然か。
「そうです」
「正直だね」
クロエが一歩踏み出した。
「じゃあ正直に聞く。君が邪神龍だろ?」
夜の小道に、その言葉が落ちた。
否定しなかった。する理由がなかった。
クロエが続けた。
「儀式の日から、上の連中がざわついてた。『邪神龍が学園にくる』ってね」
「それは、ご迷惑をおかけしました」
「俺たちは迷惑していないさ。書類を用意した連中とは派閥が違うから」
「派閥……?」
潜入している工作員だけでも派閥があるなんて……この学園、工作員居すぎじゃない?
結構ヤバい状況?
ゲームの設定資料にもそんなこと書いてなかったような……。
「これは君が原因だぞ、邪神龍」
「なんでよ」
「不完全な邪神龍なんてものが生まれたから、〈灰の牙〉の内部で、方針が割れている」
「そんなの、私知らないわ! 勝手にすれば?」
「俺は不完全な邪神龍なんかいらない。君も聖女も排除させてもらう」
静かに言った。淡々としていた。悪意があるというより、戦略として話している声だった。
そうか……。
最初のおじさん……ゼーグルは「認める派閥」——澪の書類を用意した側。
クロエは「始末する派閥」——邪神龍(私)ごと聖女も潰そうとしている側。
つまり私は、入学させてもらった組織の別の派閥に、ずっと狙われていた。
この一週間の「前倒し」は全部、クロエが仕掛けていたことだ。
私はクロエを見た。
ゲームにおけるクロエは「組織に疑問を持っているせいでうまく動けないキャラ」だった。
でも今夜の声は——疑問があるというより、割り切っている声だ。
それとも、割り切ろうとしている声か。
どちらにせよ、今夜のクロエは敵だ。
それははっきりしている。
「なぜ、直接私に声をかけたんですか」
「確かめたかったから」
「何を」
クロエが少し間を置いた。
「本当に邪神龍かどうか。実物を見て——判断したかった」
「判断して、どうでしたか」
「本物だ。あの魔力は間違いない。儀式で召喚された邪神龍が、学園に転がり込んできた」
「それで?」
「それで、厄介だな、と思った」
クロエが少し目を細めた。
「部下が二度失敗した。君の動きは予想以上だ。次の手を考え直す必要がある」
「次の手を、私に宣言しているんですか」
「宣言じゃない」
クロエが少し笑った。
「報告だよ。あなたには知っておいてほしかった」
“知っておいてほしかった”
これは脅しでも挑発でもない。
なぜ敵が、これから仕掛けてくると事前に告げる。
……わからない。
でも今は考えている時間がない。
「一つだけ言っておきます」と私は言った。
「どうぞ」
「エルマちゃんには手を出させません。このクラスの誰にも。あなたの部下が次に動いたら——」
「めっ、するんだろ」
クロエが先に言った。
私は少し目を丸くした。
「今夜ずっと見てたから」
クロエが薄く笑った。
「変わった言葉を使うね、邪神龍のくせに」
「邪神龍だからこそです」
「……そうかもな」
クロエが夜空を見上げた。一瞬だけ、笑みが消えた。
それから、背を向けた。
「また来るよ」と言いながら、歩き始めた。
「次は部下じゃなく、俺が直接動く」
「待っています」
クロエが少し足を止めた。振り返らなかった。でも肩が少し動いた。
そのまま夜の中に消えた。
「次は俺が直接動く、か……気を付けないとなぁ」
でも——なぜ「知っておいてほしかった」と言ったのか。
それだけが、わからない。
ゲームの知識では説明がつかない行動だ。
クロエは邪神龍である私と対話して考えを改めてくれたのかな。
ちょっと自分に都合よく考えすぎか……。
今夜だけでは、まだわからない。
夜空には星が輝いていた。
◇ ◇ ◇
学園に来てから、随分いろんなことが起きた。
フェリクスもガウェインもリュカも……そして、エルマも……もっと仲良くなりたい。
好きなゲームのキャラだからじゃない。
実際に会って話してもっと好きになったから。
そんな彼らの守りたい。
〈灰の牙〉の動きは止まらない。むしろ、次は本格的になる。
全員、めっしてあげる。




