第4話 襲撃者をめっしたい 1
入学から4日が経った。
私の向かいに座るガウェイン・ロックが、今日も黙って食事をしている。
ただ——ふと声をかけてくることがある。
ガウェインとの距離は、不思議なペースで縮まっていた。
最初の昼食で「嵐の目みたいに、お前の周りだけ風がない」と言ってきた人だ。あの詩的な台詞を初日に言える神経が、正直よくわからない。でも不快ではなかった。
むしろ——なんというか、この人は思ったことをそのまま言う。ゲームでも「寡黙だが嘘をつかない」キャラとして知っていたが、実物はそれ以上だ。
言葉が少ない分、一言一言が重い。
三日目の昼食では台詞がなかった。
ただ向かいに座って、黙って食べた。
それでも何か、前の日より少し近い気がした。
口数が少ない人の沈黙には、意味がある。
そして今日の昼食。
食堂でいつものように席についていると、ガウェインがトレーを持ってやってきた。エルマが「ガウェインさん、こっちです!」と手を振った。リュカが少し身を寄せて席を空けた。フェリクスは今日も別の用事があるらしく、まだ来ていない。
ガウェインが座って、スープを一口飲んで、それからまっすぐ私を見た。
「お前、昨日の夜、東棟に行ったか」
……気づいていたのか。
準備室の件だ。
ガウェインも魔力の乱れは感知できる設定だったか。
「少し用事があって……」
「フェリクスも同じ方角に向かっていた」
「そうですね」
「何かあったか」
「ちょっとした後始末です。もう片付きました」
ガウェインが少し間を置いた。責める声ではなく、ただ確かめる声だ。
「……片付いたなら、いい」
それだけ言って、また食事を続ける。
深追いしない。でも見ていた。
この人はそういう距離の取り方をする。
エルマが「澪さん、何かあったんですか?」と心配そうに聞いてきた。
「大丈夫ですよ。もう終わったことなので」
「でも……澪さん、一人で動くことが多いですよね」
エルマがまっすぐな目で言った。この子のまっすぐさは、毎回少し刺さる。
「一人でできることだったので」
「それはそうかもしれないけど……」
エルマが口をもごもごさせた。
「なんか、心配です」
エルマちゃんに心配された。
守ると決めた聖女に、心配される側になっている。
どうしよう、嬉しい。
「ありがとうございます、エルマちゃん」
「お礼じゃなくて!」
エルマが頬を膨らませた。リュカが静かに横から口を出す。
「エルマの言っていることは正しいと思います」
「リュカくんまで」
「一人で抱え込まない方がいい。効率が悪いです」
リュカらしい言い方だった。感情論ではなく効率論で言ってくる。でも言いたいことは同じだ。
ガウェインが静かにパンをちぎりながら、一言だけ言った。
「同感だ」
短い。でも全員が同じことを言っている。
私のことを、心配している。
邪神龍を。正体も知らずに。
でもやっぱり心配してもらえるのは普通に、嬉しい。
「……わかりました。気をつけます」
「気をつけるじゃなくて!」
エルマがまた頬を膨らませた。
「何かあったら言ってください!」
「……はい。何かあったら言います」
エルマが「絶対ですよ!」と念を押した。リュカが小さく頷いた。ガウェインはもうスープに視線を戻していたが、口元がわずかに動いた気がした。
◇ ◇ ◇
その夜、事が起きた。
自室で明日の授業の予習をしていると、邪神龍の感覚が鋭く反応した。
冥界の魔力だ。
前より強い。
発生源は北側——エルマの寮がある方角だ。
〈灰の牙〉の次の動き。
シナリオが前倒しになっているとしたら、ここで来るのは想定の範囲内だ。
昨日は書類を守った。次はエルマ本人を直接狙う。
昼食でみんなに「何かあったら言います」と約束したばかりだ。
……言うか? でも今夜は時間がない。
考えている場合じゃない、動く。
上着を取って立ち上がった瞬間、扉を叩く音がした。
静かで、でも確かな音だ。
開けると、ガウェインが立っていた。
「北側だ」
それだけ言った。ガウェインも感知していた。
ゲームでも気配を読む能力はあったけど、冥界の魔力にまでしっかり反応している。
いや、冥界の魔力かどうかはわからなくても、「普通じゃない何かが動いている」くらいは感じ取れるのか。
「わかってます。行きましょう!」
ガウェインが少し目を動かした。私がすでに上着を持っていることを確認して——何も言わずに頷いた。
廊下を歩きながら、ガウェインが静かに言った。
「フェリクスとリュカにも声をかけた。先に向かっている」
「エルマちゃんは?」
「エルマにはまだだ。ただ、何かあっても寮から出ないように言ってある」
「……準備がいいですね」
「当然だ」
ガウェインさんは、私より先に動いていた。
この人は自然に、役割を把握している。
北棟の裏手、石塀に沿った小道にフェリクスとリュカがいた。フェリクスは剣に手をかけている。リュカは手元で魔術式を組んでいた。
フェリクスが私を見た。
「お前も来たか」
「来ました」
「……後ろにいろ」
「前の方がいい」
「お前の実力を把握していない」
「私、こう見えて強いです。昨日も一人で片づけました」
「なら……好きにしろ」
フェリクスが折れた。早い。
ゲームではもっとプライドが邪魔をするキャラだったけど、実績を見せると判断が速い。
理性的な人なんだろうな。
気配が動いた。
塀の上から二つの影が飛び降りた。黒い装束、顔を隠している。〈灰の牙〉の工作員だ。準備室の男とは別の人間だ。手には魔法付与された短刀とエルマを拘束するための道具だ。
「エルマ・セレスを渡せ」
低い声が夜の小道に響いた。
私は一歩前に出た。
「嫌です」
二人が私を見た。一年生の女子だ、と思ったのだろう。片方が鼻で笑った。
「邪魔をするな、小娘——」
右手を持ち上げた。
黒い炎を、今夜は最初から全開で出した。
夜の小道が一瞬で変質した。石畳が黒く染まり、石塀の苔が霜を纏い、気温が体感で十度は落ちた。工作員二人の足が地面に縫いつけられる。短刀を握る手が震えて、力が入らなくなる。
ただの魔力の圧ではなかった。邪神龍の「存在の重さ」が、空気ごと二人を押し潰していた。
「動けないですよね。無理に動こうとしない方がいいです」
片方が呻いた。
「な……なんだこれは……まさか……」
「めっします、と言いましたよね」
「いつ言った……」
「あなたには今言いました」
「めっします」を先に宣言してから攻撃するスタイルのほうがいいかも。予告してからやるのが礼儀というか、なんとなくそういう流儀。
リュカが素早く結界魔法を展開した。二人の周囲に青白い光の格子が張られて、逃げ場を塞いだ。ガウェインが無言で踏み込んで、短刀を蹴り飛ばした。フェリクスが剣を抜かずに、剣の柄で工作員の首筋を抑えた。
打ち合わせをしていないのに、連携が自然だった。
リュカが封じる。ガウェインが武装解除。フェリクスが制圧。
三人が役割を分担して動いている。
私が前に出たことで、この三人が後ろで動けた。
昼食でみんなが言っていたことの意味が、今、少しわかった気がした。
一人でやるより、全部うまくいった。
工作員二人はフェリクスの手配で騎士団に引き渡された。さすが王太子、こういう手続きが驚くほど早い。
解散になって、北棟の角を曲がろうとしたとき、ガウェインに声をかけられた。
「少しいいか」
「どうぞ」
ガウェインが足を止めた。夜の廊下に、遠くから松明の光が届いている。大きな影が壁に長く伸びていた。
「今夜のお前の力。昨日も似たものを感じた。昼間に人を脅したときのものとも、質が違う」
準備室での魔力の乱れも、今夜の力の解放も、両方感知していたのか。
記憶しているんだ、ちゃんと。
「……そうですね」
「危険なものか」
「使い方次第では危険です。でも誰も傷つけていないです」
ガウェインが少し間を置いた。
「一つだけ聞く」
「はい」
「お前は、エルマの敵か」
真剣な声だった。
フェリクスに「俺たちの敵か」と聞かれた夜を思い出した。でも今夜のガウェインの声は、それより低くて、もっと静かだった。静かな分、重かった。




