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第2話 推しが動いている。 息をしている。 2

 昼休みになった。


 食堂に行くと、ガウェイン・ロックが席に座っていた。私が席に着くとガウェインが向かいに座った。

「いいか」と聞かれたので「どうぞ」と答えた。


 ガウェインはでかい。二メートル近い。座っていても圧がある。ゲームでは無口キャラとして有名で、確かに実物もあまり喋らない。でも黙って食事をしていると、ふと声がかかった。


「さっきの授業、わかっていたんだろう」

「わかっていた、とは」

「魔法方程式の話だ。お前、リュカが言う前から答えを知っていた顔をしていた」


 リュカくんも気づいてたし、ガウェインさんも気づいてた。

 このクラス、観察眼が鋭い人しかいない。


「お前がなぜあの式の不完全さをわかっていたのはどうでもいいが、なぜあのとき黙っていたんだ」


 ガウェインが続けた。責める口調ではなく、ただ純粋に知りたいという声だった。


「リュカさんの見せ場を取りたくなかったので」


 ガウェインが少し目を丸くした。


「……そういう理由か」

「変ですか」

「変ではない」


 ガウェインがゆっくり言った。


「ただ、初対面の相手のために引ける人間は、あまりいない」

「そんなことないと思いますけど」

「いや、いない」


 ガウェインが断言した。


「少なくとも、俺の周りにはいなかった」


 短い沈黙が落ちた。

 ガウェインは大きな手でスプーンを持って、スープを一口飲んだ。でかい手だ、とぼんやり思った。それからまた口を開いた。


「……お前は、何者だ」


 三人目だ。三人に「何者だ」と聞かれた。

 今日だけで、フェリクス、リュカ、ガウェインに「何者だ」と言われた。

 全員に同じ台詞を言わせている。

 これはシナリオ的にどういうことだ。

 エルマちゃんルートのフラグをことごとく私が先に立てている気がする。


 ……まずい。


「学生です。ただの、普通の学生です」


 ガウェインが短く鼻を鳴らした。


「普通じゃない。お前の周囲だけ空気が違う」

「どう違いますか」

「……静かだ」


 ガウェインがしばらく考えてから言った。


「嵐の目みたいに、お前の周りだけ風がない」


 嵐の目。

 ガウェインさんが詩的な表現をした。

 ゲームでも後半のルートでこういう言い回しがあったけど、初日に出るとは思っていなかった。


 ……って、ちょっと待って。

 これ、普通にかっこいいこと言われたかも。


「嵐の目、というのは褒め言葉ですか」

「さあ。ただ思ったことを言っただけだ」

「そうですか」


 少しの間が生まれる。


「お前は動じないな」

「そうでもないですよ」

「嘘だ」

「……そうかもしれません」


 ガウェインが短く、でも確かに笑った。低い、小さな音だったけど、それは笑いだった。


 ◇ ◇ ◇


 放課後、教室に一人残って荷物をまとめていると、扉のところに人影があった。

 フェリクスだ。なぜかまだいる。

 他の生徒はみんな帰っていて、教室にはもう私しかいないと思っていたので、少し驚いた。


「……帰らないのか」

「帰ります。今から帰るところです」

「俺も帰る」

「そうですか」

「……同じ方向だ」


 フェリクスの寮と私が手配した住居が、同じ方向なのは知っている。

 ゲームの地図で確認していたから。

 でも、フェリクスが自分からそれを言う理由は——


「一緒に帰ることを提案しているんですか」と私は聞いた。


 フェリクスが少し間を置いた。


「……提案ではない」

「では、なんですか」


「監視だ」フェリクスが言った。


「お前は今日、教師よりも魔法理論に詳しい素振りを見せ、ガウェインと昼食をともにし、リュカに研究対象として認められた。初日でそれをやるようなやつを、放置しておく気にはなれない」


 全部見ていたのか、と思った。

 フェリクスは王太子だ。

 学園でも常に周囲を把握していないと気が済まない性格だということは、ゲームで知っている。

 でも、初日にここまでマークされるとは思っていなかった。


「監視なら断れませんね。王太子殿下の意向でしたら」


 フェリクスが眉を上げた。


「王太子だと知っていたのか」

「有名な方ですから」

「……そうか」


 フェリクスが歩き始めた。私も荷物を持って続いた。夕方の廊下は橙色の光で満ちていて、フェリクスの金髪がその中でよく映えていた。


 しばらく黙って歩いた。

 先に口を開いたのはフェリクスだった。


「お前は、この学園に何しに来た」

「勉強しに来ました」

「嘘だ」

「本当です。いろんな意味で、学びたいことがたくさんあります」

「いろんな意味とは」

「ご想像にお任せします」


 フェリクスが鼻で笑った。呆れているのに、口元が少し緩んでいる。ゲームのグラフィックでは気づかなかった癖だ。フェリクスは呆れるとき、口元が少し緩む。

 ……気づいてしまった。

 ゲームで知らなかった、フェリクスの癖に気づいてしまった。

 この三年間、いくつこういうことが積み重なるんだろう。


「ひとつだけ聞く。お前は俺たちの敵か」


 真剣な声だった。

 私は少し考えた。

 いろいろ滅しにきたんだけど、敵かと言われるとそんなことはない。


「違います。少なくとも、あなたたちを傷つけるつもりはありません」

「それは敵ではないという意味か」

「そういう意味です」


 フェリクスがまた黙った。正門が見えてきた。夕暮れの空が、丘の上の学園をオレンジと紫に染めている。


 正門を出たところで、フェリクスが足を止めた。


「ミオ」


 名前を呼ばれた。

 初日に、名前で呼ばれた。

 ゲームでは序盤のイベントまでフェリクスは主人公の名前を呼ばなかったのに。


「なんですか」

「……明日も来るか?」

「来ます。毎日来ます」

「そうか」


 それだけ言って、フェリクスは別の方向へ歩いていった。監視するという話はどこへ行ったのか。でも、背中を見ていると、歩幅がどこか早い気がした。

 私はその背中を、なんとなく見送った。


 “明日も来るか?”


 フェリクスがそれを聞いた。

 ……なんでそんなことを聞くんだ。

 毎日来るに決まってるだろ。

 推しに会えるんだから。

 夕暮れの中、私は一人笑った。

 夕焼けがきれいだった。邪神龍の目で見ると、世界の色は全部、少し深い。


 初日が終わった。

 収穫は多かった——というか、全部のフラグが私に向いて立っている気がする。

 これはまずいような、まずくないような。

 少なくとも今日は、いいことにしておこうと思った。

 三年間あるんだ。

 ゆっくりやろう。

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